【図鑑】沼クラゲ亜種 バキュラス

―バキュラス― 古い沼に棲む沼クラゲの亜種。 その姿は青白くぼんやりと光り 何年かに１度満月の夜に沼を這い出ては民家に忍び込み 小魚等を奪って行く。 群れでコミュニティを作る。 仲間との意思疎通は触手を手話のように使って行う。 実在の確認されていない未確認生物の１つであり謎だらけだ。 私が最も興味を惹かれる対象である。 ～魔生物学者 Hの手記より抜粋～ 古びた図鑑をパタリと閉じると 陽の光を浴び静かに光る卓上の水晶を見やった。 未確認生物専門の図鑑には H氏の手記と共に挿絵が描かれていた。 その特徴は水晶の中の小さなクラゲそのものであった。 「貴方はバキュラス？」 そっと顔を近づけ声を潜めて聞いてみるが 水晶はキラキラと太陽の柔らかな光を反射するだけで 何も語ろうとはしない。 数刻前に東から来た冒険者が バキュラスを知っているかと言って差し出した水晶。 当の冒険者も信じちゃいないがねと笑っていた。 中にクラゲの姿を確認した私は さして高くもない金額で買い取ったのだ。 少しだけ思案した後 水晶を拾い上げ 近くの森の中にある小さな沼へやって来た。 バキュラスでは無いとしてもこれが沼クラゲであるのは間違いない。 「可哀想に標本なんぞにされてさぞ窮屈であろう。」 水晶を沼へと放ってやる。 ゆっくりと沈む水晶に背を向け店へと戻る。 一人ぼっちとは寂しいだろうがせめて沼の中で眠りにつくと良い。 その夜ー 空には満月が輝き森のあちこちにまで月の威厳が満ちていた。 沼がぼんやりと青白く輝き静かに波立つと 小さなクラゲが沼からゆっくりと這い出て来た。 クラゲは静かに触手を揺らめかせながら店の前までやって来ると そこで何かを拾い上げ またゆらゆらと森の方へと這っていく。 その様子を窓辺から伺っていた私はそっと胸を撫で下ろす。 小魚を店の前へ置いておいたのだ。 水晶は随分古びた物だった。 恐らく何年も、何十年もあの水晶に閉じ込められていたのだろう。 今宵は満月。バキュラスならば１番近いこの店へ小魚を取りに来ると踏んだのだ。 私は森へと消えて行くバキュラスを見守った。 次に会えるのはいつになるかわからないが 満月の夜は必ず小魚を用意して待っていよう。 私は貴方の仲間にはなれないがね· · ·。