嫌な感情まで、綺麗にしなくていいと思った

嫌な感情まで、綺麗にしなくていいと思った

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人に見せる文章を書くとき、少しだけ行儀がよくなる。 悲しかったことは「乗り越えたこと」にしたくなるし、傷ついた話には何かしらの学びを添えたくなる。 怒りには理由を。 孤独には希望を。 最後には、できれば前を向いていたい。 その方が文章として綺麗だし、読んだ人も安心する。 でも、人間の感情ってそんなに編集しやすくない。 「嫌だった」で終わる日もある。 許していない人もいる。 忘れられないこともある。 愛されたかったくせに、誰かを上手に愛せなかったりする。 自分でも触りたくない感情が、部屋の隅の埃みたいにずっと残っている。 掃除したはずなのに、またいる。 感情、しぶとい。 そんなものまで全部「今ではいい経験でした」に加工するのが、私はあまり得意ではない。 だから、『嫌味』という本を作った。 タイトルからして、あまり愛想がない。 もう少し売れそうな名前をつけてもよかったのかもしれない。 「夜に寄り添う言葉」とか。 「傷ついたあなたへ」とか。 たぶん、その方が優しそうではある。 でも、この本に入れたかったものは、そんなに素直に寄り添ってくれる感情ばかりではなかった。 愛や死、生きること、人間関係、自分自身への嫌悪、社会に対して引っかかったこと。 口に出すには少し格好が悪かったり、説明すると面倒だったりするものを書いた。 人間の内側にある、できれば来客には見せたくない棚である。 そこをわざわざ開けて、本にした。 なぜ。 作った本人にも若干分からない。 でも私は、綺麗な感情だけを書いていると、ときどき嘘をついているような気持ちになる。 誰かの幸せを祝えない日だってある。 優しくできない日もある。 「大丈夫」と言われて、大丈夫じゃないから困っているんだが、と思う夜もある。 そういう感情は、人としてあまり褒められないのかもしれない。 それでも、存在している。 存在しているなら、せめて文章の中くらいでは追い出さなくてもいい。 私はたぶん、そういう気持ちで書いている。 『嫌味』は、読めば元気になる本ではない。 人生を好転させる方法も載っていない。 明日から自己肯定感が爆上がりすることも、おそらくない。 そのあたりは大変申し訳ない。 ただ、 「こんなことを考えているの、自分だけじゃなかったんだ」 と思える一行くらいは、もしかするとあるかもしれない。 私自身、誰かの文章を好きになるときは、励まされたときだけではない。 むしろ、 そこ言っちゃうんだ。 と思った文章を長く覚えている。 綺麗に片づけなかった言葉。 救いを急がなかった言葉。 誰にも見せたくなかった場所を、先に見せてくれた文章。 『嫌味』も、そんな本であれたらいいと思う。 表紙も、かなり愛想がない。 黒い。 虫もいる。 タイトルは『嫌味』。 プレゼント売り場で「万人に喜ばれる一冊」として推薦するには、かなり勇気が必要な面構えをしている。 でも私は、この本にはこれくらいがちょうどよかった。 可愛く包装してしまったら、中にいる感情たちから苦情が来そうだった。 だから、そのままにした。 人間には、明るいところだけではなくて、 人に見せたくない場所や、 まだ名前をつけられない気持ちや、 どうしても綺麗に終われなかった記憶がある。 私は、それを無理に好きにならなくてもいいと思っている。 許さなくてもいい。 克服できなくてもいい。 ただ、 「ここにある」と書くことはできる。 『嫌味』は、そんなものを集めた一冊です。 本棚の中でまで、いい人でいたくない日に。 少しだけ覗いてみてください。 たぶんこの本も、 そんなに愛想よく迎えてはくれません。 そこだけは、タイトル通りです。

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