『成れ果て』は、救済の詩集ではありません
詩集『成れ果て』を販売しています。
この本の最初には、
「もしかしたらこれを書いていた頃は
私は人間を辞めかけていたのかもしれない」
という言葉を置きました。
なかなか景気の悪い始まりです。
でも、この一文が
『成れ果て』には一番よく似合っていると思っています。
綺麗に立ち直った話ではありません
この本には、
家族への怒り。
人間への諦め。
優しさへの疑い。
「普通」に馴染めなかったこと。
誰かに救ってもらうことを
諦めていった自分。
そんなものがたくさん入っています。
「生きていて」
「大丈夫」
「あなたは悪くない」
そんな優しい言葉すら、
当時の私にはうまく受け取れませんでした。
知らないくせに。
何も分かっていないくせに。
そんなことを思っていた。
随分かわいげのない人間です。
でも、それも私でした。
だからこの本では、
当時の自分を無理に綺麗にしていません。
誰も来なかったので、自分で自分を拾いました
私は昔、
物語の主人公みたいな人が
どこかから現れてくれることを
少し期待していたのかもしれません。
優しくて。
正しくて。
傷ついている人を見つけたら、
ちゃんと助けてくれる人。
でもまあ、
来ませんでした。
現実なので。
そこで最終的に、
自分で自分を拾うことになりました。
『成れ果て』には、
未来の自分が過去の自分を受け止める詩があります。
私はその自分を、
「神に成り果てた私」と書きました。
神と言っても、
別に全知全能ではありません。
普通に仕事をするし、
作品はバズらないこともあるし、
冷めた飲み物を飲みながら生活しています。
ただ、
自分の世界くらいは
自分で守れるようになった。
私にとっての神様は、
そのくらいで充分でした。
『成れ果て』という名前
「成れ果て」には、
昔とは違う姿になってしまったもの。
何かを失ったあとに残ったもの。
そんな少し悪い響きがあります。
だから好きでした。
昔の自分には戻れない。
人を簡単に信用していた頃にも。
家族という言葉を疑わなかった頃にも。
誰かが救ってくれると思っていた頃にも。
戻れない。
だったら、
変わってしまった今の自分を
失敗作扱いする必要もない。
いろんなものを失って、
いろんなものを疑って、
いろんなものを切り捨てて、
私は今の私に成れ果てました。
そして私は、
今の自分を結構気に入っています。
それでも最後には、生きていたい
この詩集は、
絶望だけを詰めた本でもありません。
最後の方では、
過去を忘れられないまま。
傷も消えないまま。
人間に対する疑いも残したまま。
それでも、
「生きていくから、生きていたい」
というところまで辿り着きます。
全部が解決したから
生きるのではありません。
綺麗に立ち直れたからでもありません。
嫌なものを嫌いなまま。
許せないものを許さないまま。
それでも明日へ行く。
私はそのくらいの希望なら、
信用できるようになりました。
『成れ果て』は、
誰かに救われるための詩集ではなく、
誰かに救われることを諦めたあと、
それでも自分を見捨てなかった人間の詩集
なのだと思っています。
全部の詩を好きにならなくて大丈夫です。
一篇だけでも、
「この言葉、なんだか忘れられないな」
と思ってもらえるものがあれば嬉しい。
そんな一冊を、
現在minneで販売しています。
詩集『成れ果て』
気になった方は、
作品ページから覗いてみてください。
https://minne.com/items/46134168
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