黒猫は、かぼちゃの間から飛び出しました。
畑の向こうには、月明かりに照らされた街が広がっています。
屋根の上には銀色の光がこぼれ、細い煙突からは、白い煙がゆっくり夜空へ溶けていました。
「あっ、あれは魔女だ!」
黒猫は空に向かって鳴きました。
けれど、ほうきの影は止まりません。
風に乗った魔女のマントが、月の光を受けてふわりと揺れています。
その姿は遠く、夢の中の人のようでした。
コウモリが黒猫のそばまで降りてきました。
「知っている人なの?」
「うん。僕と一緒に暮らしている魔女だよ」
あの帽子は、玄関に掛かっている帽子。
あのほうきは、いつも黒猫がじゃれついて叱られるほうきでした。
黒猫の家の魔女です。
魔女は屋根の上で速度を落とすと、細い路地をのぞき込みました。
次に煙突の後ろへ回り、今度は通りを見下ろしています。
月夜の街には、色とりどりのランタンが浮かんでいました。
窓辺の灯りは星のようにまたたき、遠くから聞こえる笑い声が、夜の空気をふるわせています。
黒猫は不思議に思いました。
魔女がお出かけする時は、いつも迷わず飛んでいくのに。
今夜は、あちらへ行ったり、こちらへ戻ったりしています。
まるで、月明かりの中から何かを探し出そうとしているようでした。
そして、風に乗って声が届きました。
黒猫を呼ぶ、いつもの声でした。
「……僕を探してる」
その声を聞いた瞬間、黒猫の胸の奥がきゅっと縮みました。
さっきまできらきらして見えた街の灯りが、急に遠く感じられます。
出かける時、黒猫は何も伝えていませんでした。
少し街を見て、すぐ帰るつもりだったのです。
魔女は、空っぽの寝床を見て驚いたのでしょうか。
戸棚の下や、カーテンの後ろまで探したのでしょうか。
いつもなら、家のどこかにいるはずの黒猫。
その姿が見えない夜を、魔女はどんな気持ちで過ごしているのでしょう。
黒猫はもう一度、精いっぱい鳴きました。
「ここだよ!」
けれど通りでは、子どもたちが歓声を上げています。
仮面をつけた人々が月明かりの下を行き交い、風に揺れるランタンが、黒猫の声を遠くへ運んでしまいました。
魔女はこちらに気づかないまま、屋根の向こうへ飛んでいきました。
黒猫は後を追おうとして、足を止めました。
空を飛ぶほうきに、走って追いつけるはずがありません。
屋根の向こうへ消えたとんがり帽子を見つめながら、黒猫のしっぽが力なく下がります。
「どうしよう」
月は静かに街を照らしていました。
けれど、その光の中に魔女の姿はもうありません。
コウモリが、黒猫の前をゆっくり飛びました。
「きみは家に帰ろう。僕は、あの人にきみの居場所を伝える」
黒猫は顔を上げました。
「そんなこと、してくれるの?」
「きみには空の道が使えないでしょう。そこは僕の出番だよ」
コウモリの羽が、月明かりの中で黒い花びらのようにひらめきました。
その姿を見ていると、ひとりぼっちだった夜に、小さな道しるべが現れたような気がします。
コウモリは街の方を指しました。
「まず、あの明るい窓まで。通りに出れば、知っている場所があるかもしれない」
黒猫は頷きました。
遠くの窓から、あたたかな黄色い光がこぼれています。
その光の向こうに、魔女のいる家へ続く道があるかもしれません。
さっきまで不気味に見えたコウモリの羽が、今はとても頼もしく見えます。
「ありがとう!」
黒猫は灯りへ向かって走り出しました。
月明かりの細い道を、影と一緒に駆けていきます。
コウモリは月の下へ、ぐんぐん昇っていきました。
その小さな影は、夜空に浮かぶ星の間をすり抜けるように、魔女を探しに向かいました。
――第5話へ続く。
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