◆ 第一話:朝 ―「影ターミナルの落とし物」」
裏国分寺の朝は表国分寺より少し遅い。
りゃんシーは、いつものように崖線沿いの細い階段を下り、
薄暗い“影ターミナル駅”へ向かう。
今日の目的は、夜のうちに落ちてきた“誰かの抜け殻”の回収だ。
改札のシャッターは半分閉まっていて、
上にはふわふわと 鉄道骸(レイルゴースト) の子どもが漂っていた。
小さなレール片がジャラ…と音を立てる。
「おまえ、また夜に暴れたのか?ほら。油、塗っとくから静かにしなよ」
りゃんシーが小瓶を取り出して伸ばすと、
レイルゴーストの子は素直に前へ浮かんでくる。
匂いを嗅いだくうかいが、
「……これ好きだね、この子。古い金属には甘い薬草が効くんだよ」と言う。
油を塗り終えると、子どもは満足そうに線路へ消えた。
足元には、昨夜落ちていた“影の抜け殻”が残っている。
黒い紙みたいにペラペラした影。
「誰のだろう?祠で聞いてみるか」
りゃんシーの朝は、落とし物の回収から始まるのだった。
◆ 第二話:昼 ―「祠とミュータントの昼寝」」
昼。
りゃんシーはお鷹の道へ向かった。
小川沿いにある小さな祠は、裏国分寺の“交番”みたいな場所だ。
祠の前には、
米軍地下道から逃げてきた エコー個体 が丸くなって寝ていた。
影が二重に重なっていて、時々ひくっと痙攣する。
「はいはい、また声を食べ過ぎたな」
りゃんシーは腰を下ろし、
持ってきた薬草をひとかけら口元に差し出す。
エコー個体は薄く目を開け、
そのまま影の口で草を“もぐもぐ”と飲む。
すると影が落ち着き、痙攣が止まった。
祠の奥から、小さな 祠狐の子 が顔を出し、
くうかいの背に飛び乗る。
「うわっ、やめろってば…!りゃんシー、ぼく尻尾むしられる!」
りゃんシーは笑って、祠狐の子をひょいと抱き上げた。
「こら、遊ぶなら優しくしてやれ。
それとこの影、誰のか分かる?」
祠狐の子は影の抜け殻をくんくん嗅いで、
「……夜のやつ!」とひとこと。
りゃんシーはため息をつき、
「じゃあ今夜は捕まえないとね」と呟いた。
昼の裏国分寺は、眠る生き物と遊ぶ生き物でいっぱいだ。
◆ 第三話:夜 ―「抜け殻の主と、目を合わせる」
夜。
裏国分寺の空気は、昼より“重ね塗り”されたように濃くなる。
りゃんシーは、朝拾った影の抜け殻を手に、
姿見の池へ向かった。
池の水面は鏡のように静かで、
その奥から、細長い 影泳ぎ(シャドウスイマー) がぬるりと現れる。
抜け殻の主だ。
「おまえ、また身体置いていったろ。置きっぱなしはダメだよ」
影泳ぎは水面を揺らしながら、
りゃんシーの足元に影を伸ばし、
申し訳なさそうに“ぺた”と触れてくる。
くうかいが肩の上で言う。
「……りゃんシー、こいつ寂しかったんだよ。
抜け殻ってね、身代わりでもあり、手紙でもあるんだ」
「手紙?」
影泳ぎは影の指で、水面をひと撫で。
その瞬間、水に“ふたつの目”の映像が浮かんだ。
──りゃんシーを探していた。
りゃんシーは抜け殻をそっと水に返しながら言った。
「……なら、最初から呼べよ。
探し物は見つかったってことでいいな?」
影泳ぎは満足したように水に沈んだ。
裏国分寺の夜は、
大きな事件は起きないけれど、
誰かが誰かを探している。
そしてりゃんシーは、
その“間”に挟まるのが、けっこう好きだった。