気づけば、僕たちは毎日たくさんの選択をしている。
ある研究によれば、その数は1日でおよそ3万5,000回にもなるという。
社会が豊かになればなるほど、僕たちはより多くの選択肢を持つようになった。
働き方、休日の過ごし方、住む場所、そして人生の締めくくり方さえも、自分で選べる時代だ。
最初は、「自由に選べること」がただ嬉しかった。
でも、選べる選択肢がものすごいスピードで増えてくると、だんだんと疲れるようになった。
何かを選ぶたびに、同時に「選ばなかったもの」が増えていくからだ。
「ほんとうにこれでよかったのだろうか」
「もっといい道があったんじゃないか」
そんなふうにして、僕たちは過去の選択を何度も振り返っては、立ち止まってしまう。
あるとき、僕は一つの言葉に出会った。画家・横尾忠則さんが、自身の代表的なテーマであるY字路の絵に重ねて言った言葉だ。
「どっちの道を選んでも大丈夫です。道は一つに繋がっていますから。」
そのひと言に、心が軽くなった。まるでピンポイントでツボを押されたような感覚だ。張り詰めていた心のどこかが、すっと緩んでいった。
これまでの僕は、自分の決断にまったく自信が持てなかった。
人よりも長く悩み、考え抜いたはずなのに、いざ道を選んだあとで「どうしてこんな選択をしてしまったんだろう」と、すぐに後悔してしまう。
でも、この言葉を思い出すたびに目の前に立ちこめていた霧が少しずつ晴れていく。
「どんな道を選んでも大丈夫。すべての道は、一つに繋がっているから。」
これからも、僕の前にはいくつもの道が現れるだろう。選ぶ道によって、出会う人や景色、経験はきっと変わってくる。ときには、その選択が人生を大きく変えてしまうことだってあるかもしれない。
それさえも、一つの道へと続いていくまでの、ちょっとした寄り道だと思えたなら。きっと人生をもっと軽やかに、楽しく歩いていけるのではないかと思う。
やがて、僕たちの道は一本にまとまり、分かれ道は少しずつ減っていく。そしてその道は静かに尽き、人の営みを離れ、大きな時間の流れに還っていく。
すこし寂しいけれど、それを想像すると、どこか穏やかな気持ちになる。どんな道を歩んでも、何を得て、何を失っても、最後には自分だけの一つの道に還るのだ。
人生は一つの道から始まり、一つの道に終わる。それはとても美しいことのように思えてくる。