スウェーデンを代表する陶器メーカーのグスタフスベリ社が製造したアルジェンタ(Argenta)シリーズの蓋付き小箱です。深みのある緑色の釉薬に銀の象嵌が施された、蓋付きの陶器製小箱です。手のひらに収まるコンパクトなサイズで、爪楊枝などを入れる用途でデザインされたものと考えられます。
蓋には花輪を手にして踊るプット(Putto)が銀で描かれています。プットとはルネサンス期のイタリア美術に起源を持つ、翼のない裸の幼児像のことです。古代ローマの愛の神エロス(クピド)の図像が中世を経てキリスト教美術に取り込まれ、天使や精霊を象徴する装飾モチーフとして15世紀以降のヨーロッパ美術に広く浸透しました。ラファエロやドナテッロの作品にも登場する古典的なモチーフであり、アルジェンタシリーズでは魚、ドラゴン、人魚といった神話的モチーフとともに、コーゲがヨーロッパの装飾美術の伝統から引用したものです。
グスタフスベリは1825年に創業したスウェーデンで2番目に古い窯です。19世紀後半まではバスタブなどの住宅設備を主に製造していましたが、やがて芸術的な陶磁器の製作に力を入れ始めます。しかし当時の北欧陶器はマイセンや中国の陶磁器の影響を色濃く受けた装飾的な食器が主流で、独自の表現を確立するには至っていませんでした。
ヴィルヘルム・コーゲ(1889–1960)Photo: Svenskt konstnärslexikon / Public Domain
転機となったのが、1917年にスウェーデン工芸協会の推薦を受けてアートディレクターに就任したヴィルヘルム・コーゲの存在です。画家出身のコーゲは、シンプルながらも斬新な線や色の組み合わせにより次々と新しいデザインを生み出し、グスタフスベリを北欧陶器の中心的存在へと押し上げました。コーゲは1949年にアートディレクターの座をスティグ・リンドベリに引き継ぐまで、約30年にわたりグスタフスベリの芸術性を牽引しました。リンドベリはコーゲの弟子であり、リサ・ラーソンはそのリンドベリの弟子、すなわちコーゲの孫弟子にあたります。
ストックホルム博覧会(1930年)のグスタフスベリ展示ブース。アルジェンタをはじめ、ファルスタ、カラッカなどが初公開された。Photo: Gustaf W. Cronquist / Public Domain
アルジェンタは1920年代にコーゲが開発し、1930年のストックホルム博覧会で発表されたシリーズです。グリーンの施釉ストーンウェアに純銀を手作業で象嵌する技法が特徴で、その革新性は国際的な称賛を浴び、グスタフスベリの名を世界に知らしめました。1930年代末には画工や鋳造工など専属の職人が30名に達し、最盛期の1940年代にかけて多彩な形状で展開されました。「アルジェンタ」とは「銀色」を意味し、本体の装飾が銀色に彩られていることに由来しています。
伝統とミッドセンチュリーの境界に立つシリーズ
アルジェンタの重厚な銀象嵌のデザインは、マイセン以来のヨーロッパ陶器の伝統を色濃く受け継いでいます。一方で、コーゲ自身がミッドセンチュリーの礎を築いた人物であることを考えると、アルジェンタはまさに伝統と革新の境目に位置する作品です。
ミッドセンチュリーの全盛期には、シンプルモダンなデザインが次々と登場し、伝統的な装飾陶器の多くは淘汰されていきました。しかしアルジェンタは1930年の発売から1970年代後半まで約半世紀にわたって製造が続けられました。ポップでシンプルなデザインが席巻するなかでも、トラディショナルなデザインとして受容され続けたという事実は、アルジェンタが時代を超えたデザイン的価値を有していることの証といえます。
伝統を出発点としたこのシリーズは、ミッドセンチュリーの全盛期を経て、石油危機に揺れる1970年代後半に静かにその歴史を閉じました。北欧陶器の近代化を見届けた、まさに歴史の生き証人ともいうべきシリーズです。
■詳細スペック
・メーカー:Gustavsberg / グスタフスベリ
・デザイナー:Wilhelm Kåge / ヴィルヘルム・コーゲ
・シリーズ名:Argenta / アルジェンタ
・年代:1930〜70年代
・本作の製造年代(推定):1950年代なかば(同一ロットのスナップスカップに「SJBF 1905 1955」の記念銘があることから、一式が1955年前後に製作されたものと推定)
・製造国:スウェーデン
・素材:施釉ストーンウェア、銀象嵌
・サイズ:横9cm × 縦7cm × 高さ4cm
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スウェーデンを代表する陶器メーカーのグスタフスベリ社が製造したアルジェンタ(Argenta)シリーズの蓋付き小箱です。深みのある緑色の釉薬に銀の象嵌が施された、蓋付きの陶器製小箱です。手のひらに収まるコンパクトなサイズで、爪楊枝などを入れる用途でデザインされたものと考えられます。
蓋には花輪を手にして踊るプット(Putto)が銀で描かれています。プットとはルネサンス期のイタリア美術に起源を持つ、翼のない裸の幼児像のことです。古代ローマの愛の神エロス(クピド)の図像が中世を経てキリスト教美術に取り込まれ、天使や精霊を象徴する装飾モチーフとして15世紀以降のヨーロッパ美術に広く浸透しました。ラファエロやドナテッロの作品にも登場する古典的なモチーフであり、アルジェンタシリーズでは魚、ドラゴン、人魚といった神話的モチーフとともに、コーゲがヨーロッパの装飾美術の伝統から引用したものです。
グスタフスベリは1825年に創業したスウェーデンで2番目に古い窯です。19世紀後半まではバスタブなどの住宅設備を主に製造していましたが、やがて芸術的な陶磁器の製作に力を入れ始めます。しかし当時の北欧陶器はマイセンや中国の陶磁器の影響を色濃く受けた装飾的な食器が主流で、独自の表現を確立するには至っていませんでした。
ヴィルヘルム・コーゲ(1889–1960)Photo: Svenskt konstnärslexikon / Public Domain
転機となったのが、1917年にスウェーデン工芸協会の推薦を受けてアートディレクターに就任したヴィルヘルム・コーゲの存在です。画家出身のコーゲは、シンプルながらも斬新な線や色の組み合わせにより次々と新しいデザインを生み出し、グスタフスベリを北欧陶器の中心的存在へと押し上げました。コーゲは1949年にアートディレクターの座をスティグ・リンドベリに引き継ぐまで、約30年にわたりグスタフスベリの芸術性を牽引しました。リンドベリはコーゲの弟子であり、リサ・ラーソンはそのリンドベリの弟子、すなわちコーゲの孫弟子にあたります。
ストックホルム博覧会(1930年)のグスタフスベリ展示ブース。アルジェンタをはじめ、ファルスタ、カラッカなどが初公開された。Photo: Gustaf W. Cronquist / Public Domain
アルジェンタは1920年代にコーゲが開発し、1930年のストックホルム博覧会で発表されたシリーズです。グリーンの施釉ストーンウェアに純銀を手作業で象嵌する技法が特徴で、その革新性は国際的な称賛を浴び、グスタフスベリの名を世界に知らしめました。1930年代末には画工や鋳造工など専属の職人が30名に達し、最盛期の1940年代にかけて多彩な形状で展開されました。「アルジェンタ」とは「銀色」を意味し、本体の装飾が銀色に彩られていることに由来しています。
伝統とミッドセンチュリーの境界に立つシリーズ
アルジェンタの重厚な銀象嵌のデザインは、マイセン以来のヨーロッパ陶器の伝統を色濃く受け継いでいます。一方で、コーゲ自身がミッドセンチュリーの礎を築いた人物であることを考えると、アルジェンタはまさに伝統と革新の境目に位置する作品です。
ミッドセンチュリーの全盛期には、シンプルモダンなデザインが次々と登場し、伝統的な装飾陶器の多くは淘汰されていきました。しかしアルジェンタは1930年の発売から1970年代後半まで約半世紀にわたって製造が続けられました。ポップでシンプルなデザインが席巻するなかでも、トラディショナルなデザインとして受容され続けたという事実は、アルジェンタが時代を超えたデザイン的価値を有していることの証といえます。
伝統を出発点としたこのシリーズは、ミッドセンチュリーの全盛期を経て、石油危機に揺れる1970年代後半に静かにその歴史を閉じました。北欧陶器の近代化を見届けた、まさに歴史の生き証人ともいうべきシリーズです。
■詳細スペック
・メーカー:Gustavsberg / グスタフスベリ
・デザイナー:Wilhelm Kåge / ヴィルヘルム・コーゲ
・シリーズ名:Argenta / アルジェンタ
・年代:1930〜70年代
・本作の製造年代(推定):1950年代なかば(同一ロットのスナップスカップに「SJBF 1905 1955」の記念銘があることから、一式が1955年前後に製作されたものと推定)
・製造国:スウェーデン
・素材:施釉ストーンウェア、銀象嵌
・サイズ:横9cm × 縦7cm × 高さ4cm
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