No.48|久住高原にて~誰そ彼~(1988)
【現代美術家・甲斐哲義 公式ギャラリー / 販売作品】
本作は、現代美術家・甲斐哲義による真作の一点物作品です。
ご購入後は、美術品専用便にて丁寧にお届けいたします。
1988年制作。
本作《久住高原にて~誰そ彼~》は、「久住高原にて」シリーズの三作目にあたります。「誰そ彼(たそがれ)」——夕暮れ時、薄明の中で「あれは誰だ」と問うことが語源のこの言葉が、本作のすべてを言い表しています。
青と白と薄紫が霧のように溶け合う高原の風景の中、二本の細い人影のような形が画面に立っています——一つは上部の雲の中に、もう一つは下部の大地に。同じ存在でありながら、天と地に引き裂かれているようにも、あるいは上が「幻」で下が「実」であるようにも見えます。周囲には大小の球体が浮かび、左には紫の木立のような形が霞み、右には赤褐色の大地の断片が見え隠れします。すべての輪郭が溶け、夢と現実、生と死、自己と他者の境界が曖昧になっていきます。
《己とは~》で「何物でもない棒」として自己を見つめ、《光~》で宇宙の光に包まれた作家が、たそがれの中で問います——「あれは誰だ。自分か、他者か、それとも幻か」と。
久住三部作の中でもっとも詩的で内省的なこの作品は、答えのない問いをそのまま画布に残した、甲斐哲義の誠実な魂の記録です。
No.48|久住高原にて~誰そ彼~(1988)
【現代美術家・甲斐哲義 公式ギャラリー / 販売作品】
本作は、現代美術家・甲斐哲義による真作の一点物作品です。
ご購入後は、美術品専用便にて丁寧にお届けいたします。
1988年制作。
本作《久住高原にて~誰そ彼~》は、「久住高原にて」シリーズの三作目にあたります。「誰そ彼(たそがれ)」——夕暮れ時、薄明の中で「あれは誰だ」と問うことが語源のこの言葉が、本作のすべてを言い表しています。
青と白と薄紫が霧のように溶け合う高原の風景の中、二本の細い人影のような形が画面に立っています——一つは上部の雲の中に、もう一つは下部の大地に。同じ存在でありながら、天と地に引き裂かれているようにも、あるいは上が「幻」で下が「実」であるようにも見えます。周囲には大小の球体が浮かび、左には紫の木立のような形が霞み、右には赤褐色の大地の断片が見え隠れします。すべての輪郭が溶け、夢と現実、生と死、自己と他者の境界が曖昧になっていきます。
《己とは~》で「何物でもない棒」として自己を見つめ、《光~》で宇宙の光に包まれた作家が、たそがれの中で問います——「あれは誰だ。自分か、他者か、それとも幻か」と。
久住三部作の中でもっとも詩的で内省的なこの作品は、答えのない問いをそのまま画布に残した、甲斐哲義の誠実な魂の記録です。