月の番人のピアス《小さなお話つき》

月の番人のピアス　 …………………………………………… 月の番人というのは、なんともかんたんな仕事なのです。 毎夜、月を手にとっては、親指とひとさし指で注意深くつまんで、 夕暮れから夜明けまでゆっくりと、夜空へ月を動かしてゆくのです。 しかし、一見単純に見えるこの仕事は 地球に、毎日変わらず月を昇らせ、沈ませるという点において、 とても重要なものでありました。 31個ある月のパーツたちは、その満ち欠けの大きさごとに カレンダーのように区切られた木箱に整理され、 月の番人の引き出しにしまってありました。 ある、夕べのことです。 その夜は、満月の予定でした。 月の番人がいつものように、 その日の月をつまもうと引き出しをあけたところ、 驚いたことに、満月が箱から消えているではありませんか。 机の下やポケット、帽子の中までくまなく探しても見当たりません。 このままでは満月の夜が、月のない夜になってしまいます。 番人はあわてて、満月に似た、まあるいものを探しました。 そしてふと、自分のシャツの袖口に目をやりました。 そこには、銀色のまあるいボタンが輝いていました。 その日の満月は、 世界中の誰もが見たことのないものになりました。 夜空に浮かんだのは、 いつもよりふたまわりも大きい、銀色の満月でした。 そればかりか満月には２つの穴が開いていて、 まるでボタンのように見えました。 正確には、それはまさしく、ボタンだったのですが。 人びとは空を見上げて騒ぎましたが、 やがて銀色の月の美しさに惚れ惚れとしはじめました。 木々の葉も、街灯も、雪の山々も、湖の水面も、猫のしっぽでさえ、 みな銀色に照らされて、きらきらと輝いていたからです。 地球がはじめてむかえる、銀色の夜でした。 詩人は詩を詠み、歌うたいは歌をつくり、 みなお互いに、銀色に輝く顔を見つめて、この月を愛でました。 こうして、地球にたくさんの芸術と輝きの跡をのこして、 とくべつな一夜は太陽の番人へと引き継がれたのでした。 …………………………………………… ピアス製作 :ナカオカナ お話：ヤマグチユキ ◆ヨーロッパのアンティークボタンを使ったピアスです。