【瓶詰めの御話】キャラバン-空挺料理団-【4/5】

【瓶詰めの御話】キャラバン-空挺料理団-【4/5】

「HONEY DROPS」「UNDINE CRYSTALS」に使われている材料を探す旅の御話です。 ~キャラバン-空挺料理団-~ ドワーフの長の眠りを邪魔しないようにそっと離れてから鍛冶屋のアンヴィルにお礼を言い、尽きかけていた食料を市場で買い込んで『ドワーフの村』を後にしました。 焼きたてのクルミパンを頬張りながら来た道を戻り、森の拓けたところで空に飛び立ちました。 長は「空で会える」と教えてくださっただけでそれ以上は何も教えてはくれませんでした。 高い場所からなら全体が見えるだろうと思い山の峰が線に見える高さまで箒で上がり、ドワーフの村があった場所の上空まで向かい数時間待ったものの特に何もなく、仕方なく更に北へと進んでいくと下に見える山々が白く姿を変える場所まで来ていました。 美しい景色に見惚れているとどこからかボッボッと大きな音が聞こえてきます。 音のする方向に顔を向けその主を探していると、雲の抜け間から大きな気空挺が姿を現しました。 船には大砲がいくつも配置されており海賊だったらまずいな…と箒の柄をぎゅっと握りいつでも逃げられるよう準備をしていると、雲を抜けた白い気球部分には食材の絵が大きく描かれていました。 「あれは…長の仰っていた…?」 そう考えていると、遠くに見える気空挺は想像以上に速度が速く、このままでは急がないと会えなくなると思い全速力で気空挺の後を追いました。 気空挺の作る気流に流されないように必死でバランスを取りながら甲板の様子を伺っていると 「あんたぁ!!!!なにかようかぁい!!!!」 と、大きな声でエプロン姿の女性が叫んでいます。 「あの…」 「なにぃ?!!!」 「あのぉ!!!食材を探しているんです!!!!」 「あっはっは!!あぁはいはい!!甲板へ降りてきなぁ!!!」 大きな口で豪快に笑うエプロン姿の女性に指示されながらゆっくりと甲板へ降りると 「あたしはこの空挺料理団 団長のフューカってもんだ!あんたは?」 「魔法道具店リーゼの庭という店を営んでいる、魔女のリーゼ・ロッテと申します!」 魔女かい!と驚いた後ニッカリ笑うフューカの表情に緊張も解れ、お互いが安全であると確認すると「ここじゃなんだから」と団長室へ案内されました。 少し寒い室内の椅子に腰かけて辺りを見回していると、フューカが温かくて甘いココアを手渡してくれました。 私は冷えた手をカップで温めながら 「UNDINE CRYSTALSという塩を探しているのですが、ご存じありませんか?」 と、フューカに尋ねました。 「ウンディーネクリスタルねぇ…」 クスリと笑ったフューカは突然真面目な表情になり 「それをどこで知った?」 そう聞いてきました。 やはり希少性の高いものなのだと悟った私は口で説明するよりも早いだろうと思い、 手を温めてくれていたカップを机に置き、師匠の残した瓶詰めをフューカに見せました。 「これは亡くなった師匠が店に残したUNDINE CRYSTALSです。ドワーフの村の長から空で待てば知っている者に会えると聞きました。フューカ、あなたのことですか?」 「…あんたの師匠の名前を教えてくれないか?」 「どうして聞くんですか。」 「いいから。」 「…リーゼ、です。」 またクスリと笑うフューカに何故笑うのかと目線を送ると、わるいわるいといいながら、懐かしいねと少し悲しそうに笑いました。 「あたしはね、今は空挺料理団の団長って名乗っているけど昔は魔女だったんだよ。魔法は苦手だけどね!あんたの師匠と出会ったのもこの北の地の空でね、今日みたいに山に雪が積もっていたんだよ。」 寒い日だった、と昔を懐かしむようにフューカ話しはじめました。 ――何百年も前の話さ。 魔法も魔女の仲間たちもどうも苦手で、そんな時この空挺を知ったあたしはここで生きたいと思ってこの空挺料理団で住み込みで働いていたんだ。 それは1年たった頃、夜の11時過ぎ頃だった。 「寒さで凍えそうだから明け方まででいいから泊めてくれないか」「頼むよ」と外から叫ぶ声がかすかに聞こえてね。 まだ入ったばかりのぺーぺーなもんで、一番甲板に近い物置を寝る部屋として割り振られていたあたしはすぐ声に気付いて窓の外を見たんだ。 すると、凍りかけた箒でふらふらになりながら必死に叫ぶ魔女と目が合っちまった。 わけもわからない魔女を船に乗せる決定権なんてあたしにはないから迷ったんだけどね、おっ死んじまうと寝覚めが悪いから、まぁ団長には黙っときゃいいかと思って。 ゆっくり静かに甲板に足を付けるように指示したんだけど、あいつ転んじまってさぁ。あんときゃ焦ったもんさ! 小声で怒りながら物置まで連れてって、そこで寝ろってほっといたらがたがた震えててね。 仕方ないからココアを淹れてやったんだよ。凍えた手で受け取ったあいつは鼻水垂らしながら「ありがと」って笑ってて。 なんだかどうでもよくなっちまってね。そのあとは二人でコソコソ話してたんだ。 翌朝寝坊して当時の団長にこっぴどく叱られて、そん時にあいつを船へ入れたことがばれちまったんだよ。 でもな、団長はあたしがあいつを助けたことを褒めてくれたんだ。人を救うのも料理人の役目だってね。 あいつはお礼にって、瓶に入った液体を結晶化して渡してくれたんだ。 その結晶を削った粉を舐めた団長は目を輝かせてね。 「それは水の精霊ウンディーネが水に還った液体から作った塩です」そうあいつは言ったんだ。 この船に助けを求めた日、ウンディーネ…妻を弔いたいという男性からの依頼でとある街に行ったそうなんだ。 そして手厚く弔ってくれたお礼にと『ウンディーネが還った水』を渡してくれたと。 それを聞いた団長は、この塩は絶対に他に知られてはいけない。ウンディーネの乱獲が始まるからとこの塩の生成を禁止した。 ウンディーネは人間と結婚すると魂を持つことができ、人として生きることができる。 ただし、夫になった人間が浮気や不倫をすると元の水の姿に戻ってしまい二度と人間にはなれない。 そしてその水は噴水や水場で消えてしまうから還った水は残らないんだ。 ただ今回のように夫や近親者が還った水を保管していて、その水からあんなに旨い塩が出来ると分かってしまうと貴族は大金を出してでも欲しがる。 あくどい商人は精霊を奴隷売買にかけたり、騙して結婚して水に還らせ、その水を悪い魔法使いや魔女に高く売る輩も増える…。 そうなってしまっては精霊界との均衡が崩れ、精霊に力を借りている魔法使いは魔法が使えなくなってしまう。 精霊界との争いも起こるかもしれない、そう団長は懸念したんだ。 まぁそうは言ってもね 「もう今の時代には精霊の存在を信じる人間も少なくなって、存在自体が薄まっているからウンディーネの還った水なんて滅多にお目にかかれないけどね。」 と、フューカは話してくれました。 「知らなかったです、そんな話。」 師匠は自身のことをほとんど語らない人だった。 旅の話も交友関係も。なにも。 それは、ウンディーネの還った水を守るためでもあり、関わった人を巻き込まないようにするために誰にも語らなかったのかもしれない。 弟子の私にでさえ。 冷めてしまったココアを眺める私を横目に、フューカは団長室にある重そうな机を動かし、身に着けていたらしい鍵を気空挺の床下収納の鍵穴へ差し込みました。 相当な年数開けていなかったであろう床下収納の扉は軋みながらも開き、埃を吸ってしまったフューカがくしゃみをしながら手招きをしました。 「あたしと商談しないかい?」 鼻をすすりながらニッカリと笑うフューカの手にはワインボトルに入った何かの液体が。 「それは…まさか、還り水…?」 そう私が聞くと「そうだよ」とボトルを渡してくれました。 昔の団長はその後、何度か師匠…リーゼを呼び、知ってしまった以上は悪用されないように空挺料理団でウンディーネを守るという誓約をし、万が一、この空挺料理団に所属する者が一人でも誓約破った場合は自動的にこの空挺料理団の全員が消滅すると誓約したそうだが、リーゼはこちらからも一つと切り出した。 「フューカに科す。弟子となる魔法使いまたは魔女もしくは魔術師が貴女の前に現れ、貴女が信頼する場合にのみこの誓約は破棄される」 「いやぁ、あんときは驚いたよ!!!」 あっはっはっと豪快に笑うフューカ。 「つまりだね、あんたの師匠は自分が死ぬと分かっていてドワーフの長にだけウンディーネクリスタルを見せ、空で会えると伝えるようにとあのドワーフの長に何かしらを引き換え出して誓約を持ち掛け契約させた。そしてあんたの師匠は自分が弟子をとり、団長や船員が死に、そしてあたしがこの空挺料理団の団長となり、あんたがここに来ることまで分かってたってことになるんだ。」 魔女ってやつはほんとすごいよ、と窓の外を見て小さく笑うフューカに私は何も言うことが出来ませんでした。 「なぁあんた、これで塩を作っておくれよ。あの味をまた感じたいんだ。」 結晶魔法…師匠が最後まで教えてくれなかった魔法。 「わかりました。やって、みます。」 出来上がった塩はなんともどうにも小さな結晶で、二人で目を合わせて笑ってしまいました。 「実は私も魔法、苦手なんです!」 過去に行われた誓約はフューカによって破棄され、新たに誓約を設けた。 『フューカに科す。世界を周りウンディーネの守り手となれ。還った水を発見・情報が入り次第保護せよ。』 『新しきリーゼに科す。還り水の塩を生成し、師の意志を守れ。』 「あたしは今まで通りに守り手として生きていく。あんたは…いいや、リーゼは師匠の意志をリーゼの意志で守りな。」 結晶化が上手くいったら私に納品しなよ!言い値で買うから!そうニッカリと笑ったフューカの表情は、山々に積もった雪のようにキラキラと光っていた。 Riese