【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。「橙色(だいだい)」

花や洋服、書店に並ぶ本の背表紙たち、おいしそうな洋菓子…、カラフルなものを目にすると心が踊り、わたしは「色辞典」を開きます。「この色は、どんな言葉で説明されているのかしら」と確かめてみる、それがわたしのお気に入りの遊びです。そんな、色に恋するわたしの、ちょっと好きな色を毎月ご紹介する連載エッセイ。4回目の今回は「橙色(だいだい)」です。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。:毎月、ひとつの「色」を選んで「ちょっとしたお話」と一緒にお届けするエッセイです。

執筆:中前結花  イラスト:picnic

   

今月の色は「橙色(だいだい)」


そもそも「橙色(だいだい)」とは。

以前、仕事でご一緒した方に「オレンジ色=橙色(だいだい)は、“代々栄える”と言って、昔から縁起がいいとされている色なんですよ。だから、橙を鏡餅の上に乗せたり、しめ飾りにつけるんです」と、おしえていただいたことがありました。

【橙色(だいだい)】
ミカン科の常緑樹ダイダイの果実の皮の色。鮮やかな黄赤。

(「色の辞典」/ 雷鳥社 より)


ぱっと目を惹く、静かにあたたかく燃えるような色。たしかに、目にすると、どこか「おめでたい」「ありがたい」印象を受けるのは、縁起物によく使われる果物の「橙」を思うからかもしれません。初日の出をイメージする、ということもあるでしょうか。

わたしにとっても、この眩しい橙色は、普段の生活で滅多に拝むことのできないような、夕暮れ時の太陽や暮れる空を思い出させてくれる、やっぱりちょっと「ありがたい」色だったりします。

はじめての夏休み


それにはじめて気づいたのは、9年前の夏のこと。

社会人になってはじめての長期休暇を迎え、わたしは、飛び逃げる猫のような速さで新幹線の車内に駆け込むと、「これ以上の幸せはない」といった気持ちで、両親の住む奈良県に向かいました。

わたしの上京と時を同じくして、両親が永く暮らした兵庫県を離れて移り住んだのが「奈良」という土地で、わたしにとってそこは故郷ではありません。

帰省のようで帰省でない。

「おかえり」と言われながらも、「お邪魔します…」とそろりと両親が新しく住む家の玄関の敷居を跨いだことをよくおぼえています。

それでも、東京とは違う場所、両親のいる場所、そこに来れたことが、うれしくて仕方ありませんでした。

わたしの「東京はじめ」は、なんだか“しょっぱい”ものでした。

 
企画職に就くため上京したはずが、試用として配属された「営業部」では、不甲斐ない想いばかりを重ねる日々。

要領が悪く終電では帰ることができずに、毎晩毎晩おしりのまわりがシワシワになったスーツでのっそりとタクシーに乗り込みます。

車内では目を閉じても眠ることができず、薄く開いた左目で流れる外堀通りや明治通りをぼんやりと眺めながら、指の先で窓枠のゴムを撫でていました。

そうすると、すこし気分が落ち着く気がするのです。

「傾ける」こと

「なんで東京に来たんやろう」

肩を落として行き帰る毎日。そんな数ヶ月を乗り越えて、ようやく訪れた「新しい帰る場所」。

わたしのそんな想いを察してか、東京から戻った娘に両親はやけに優しいのです。

 
大したこともせず、ぐっすりと眠り、久々にありつけた母の手料理でお腹をいっぱいに満たしました。

ようやく退屈をおぼえてきたのは数日後。

「ちょっと、ひと周りしてくる」と、わたしははじめて訪れるその街を、ひとりでブラブラと歩いてみることにしました。

 
「おや」

 
お肉屋さんの店先でおばさんがコロッケを揚げる音、どこかのお寺から聞こえる鐘の音。

橋の下ではゆったりと川が流れていて、つい今焼きあがったばかりなのか、パン屋さんの前を通るとおいしそうな香りがふんわりと鼻先をくすぐります。

 
「音がするし、匂いがする…」

 
とても不思議な感覚でした。

耳に、鼻に、久々になにか豊かなものが飛び込んできたような心地です。

きっと、あくせくと時間に終われ、上司がいつ怒り出すかとビクビクしている東京の暮らしで、わたしはなにかに想いや関心を「傾ける」ことがなくなっていたのだ、とそのときはじめて気づきました。
 
そして。

ふと目をやると、歩く地面はほんのりと赤く染まっています。

川越しの向こうに目をやると、大きくて丸い夕日が、煌々と赤く照りながらこちらを見ていました。

 
「ああ、これは…夕方だ」

久しぶりに見る夕焼けでした。

東京にある「夕方」を、わたしは毎日大股でジャンプして、過ごし損ねているのだと気づきます。

 
ああ、変わらず「夕方」はあって、わたしが見過ごしている間にも、こうしてな何度も何度も日は暮れて、こんなにきれいな「夕方」がもう数えきれないほどに過ぎ去ってしまったのだ、と思うと、悔しいような、耐えきれぬほど悲しいような、そんな気持ちに襲われました。

人や車が行き交う橋の上、もう取り返しがつかないほどの涙があとからあとから溢れてきて困ります。

ただ強く「もったいないことをしていては、いけないんだ」というような気持ちが、そのときのわたしには芽生えていました。

過ぎることを待たない


「傾ける心」のようなものを取り戻したわたしは、東京に戻ると、新しい習慣を取り入れるようになりました。

季節によって時間はまちまちですが、「夕方」に1度、会社の窓から外を眺めるようになったのです。ほんの数分、いいえ、数秒のことですが、心持ちはすっかりと変わりました。

 
時間は流れていて、またどんな時間も有限です。

ただ毎日が過ぎ去ることを願っているのは、とても不幸なことだと思いました。

 
要領を掴んで、仕事をしっかり前に進める。

すこし余裕のできたその時間で、わたしはせっせと企画書をつくりはじめました。

自分で決めてはじめたことなのだから、わたしは自分で幸せにならなければいけません。

数ヶ月後には念願の企画職に異動し、仕事がたのしくてたのしくて仕方ない、そんな毎日が待っていました。

あのとき、あの時間に奈良の川辺を訪れて、わたしは本当によかったと今も思います。

 
なにかでいっぱいになっているとき、ほんのすこし「夕方」を大事にしてみるといいかもしれません。おまじない程度かもしれませんが、毎日橙色はとってもきれいです。

橙色のアイテムをひとつ


2493(ニシクミ)さんの「お花のブローチ」

せっかくなので、気になる橙色のアイテムを1作品選んでみました。夕焼け色に染まった花びらが、ほっこりと美しい陶器のブローチです。悩んでいた遠い日と心持ちこそ違いますが、最近も夕焼けをゆっくり味わう余裕は、ちょっと少ない毎日です。子どものころは、すっかり夕焼けに染められたアスファルトを、あんなに退屈な想いで毎日歩いていたのに、と思うとちょっぴり切ない気がします。

胸もとに夕焼け色のブローチを添えてみるのは、とても素敵なことかもしれません。

作品を見る
 
   
来月は、どんな色にしましょう。どうぞ、おたのしみに。

picnic
https://minne.com/@picnic19/

第4回の挿絵は、「つなぐ」をコンセプトに活動されているデザイナー・picnicさんにお願いしました。切なくやさしい夕暮れを表現していただくなら、picnicさんしかいない!という熱烈な想いでした。すっかり公開が遅くなってしまい、すみません。情景が浮かぶ素敵な作品を、本当にありがとうございました。(中前結花)
picnicさんにとって「橙色」とは、「パッと思い浮かぶのは、旅行をした時に出会った、スペインの人たち。橙色にも、スペインの人たちと同じように、陽気さと情熱を感じています。そんなことを書いていて、ハッとしたのが、身のまわりのもので橙色のものがひとつもない。自分には陽気さと情熱が、不足しているのかもしれない。。。」とのこと(笑)。

【連載エッセイ】ちょっと、好きな色。