このレターを書いている今日は、9月23日。秋分の日です。
一年の折り返しと聞くと、6月の終わりを思い浮かべるかもしれません。
けれど、季節の移り変わりを目印にすると、もうひとつの区切り方が見えてきます。
昼と夜の長さがほぼ同じになる、春分と秋分。その二つを境に、一年を大きな「昼と夜」として眺めてみる。
春分から秋分までは昼の長い半年、秋分から次の春分までは夜の長い半年です。
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明るい時間には、ものの形や色がよく見えます。暗くなると、昼間は目立たなかった月や星の光に気づきます。
夕暮れには、その両方が同じ空に重なります。
秋分はそんな二つの時間、まさに境目にあります。
わたしたちには「お彼岸」という風習がありますが、秋分の時期は、お彼岸の時期でもあります。
昼と夜が混ざる夕暮れ時、あちらとこちらが出会う接点、という意味なのでしょうか。
だからこそ、もう触れることのできない故人に想いを馳せる。昔の人の感性はほんとうに素敵だなと思います。
こちらの岸と、向こうの岸。
此岸と彼岸という言葉を、自分の暮らしにも重ねてみると、ふだん目に見えているものと、その奥にある見えないものへ、思いが向かいます。
人と過ごすときの自分と、ひとりのときの気持ち。
現実の毎日の予定と、心の中にある「いつかやってみたいこと」。
秋分は、これから迎える季節の暮らしを考える節目。
表と裏、ふだん別々に捉えているものを混ぜ合わせて一緒に眺めてみると、ちょっとした気づきがあるかもしれません。
今まで当たり前だと思って毎日こなしていたこと、その奥にある本心。
なぜ、それにこだわっていたんだろう?
本当はどうしたかったんだろう?
そうやって見渡すと、これから何に時間を使いたいかも、少し見えてくる気がします。
次の半年に、そのまま持っていきたいもの。
大切に続けるために、やり方を変えたいもの。
ここまでの役割を終えて、置いていけそうなもの。
わたし自身も、ものづくりや活動を通して大切にしたいことが、少しずつはっきりしてきました。
同時に、それを無理なく続け、誰かにも喜んでいただける形にするにはどうしたらよいのか、迷いながら考えています。
そうしてあらわになった本音を、試しにちょっとだけ現実にしてみる。
好きだったことを、久しぶりに予定に入れる。
伝えたかった気持ちを、言葉にする。
いつもの白いシャツやデニムに、今の自分が惹かれる色をひとつ合わせてみる。
心の中にあるものを、日常に表す方法はいろいろあります。
今年の十五夜は、9月25日。
この時期の美しい月を眺めながら、次のフェーズに持っていきたいものを一つ、思い浮かべてみるといいかもしれません。
私も、まだ考えている途中です。それぞれの暮らしの中で、小さく試しながら、一緒に次の半年を始めていけたらうれしいです。