「わたし」を生きること、「わたし」をほどくこと

「わたし」を生きること、「わたし」をほどくこと

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最近、おもしろい脳科学の記事を読みました。 私たちが「あれこれ悩んだり、自意識に縛られたりしているとき」にフル回転している脳の場所が、 ある幻覚剤の治療研究や、深い瞑想によって、ガクンと活動を低下させるのだそうです。 その場所のスイッチがオフになると、 人は「自分と世界の境界線」が消えて、 まるで宇宙や自然と一体になったような、 深い安心感と幸福感を覚えるのだといいます。 「自分自身を無くすことが、究極の幸福感である」 その一節を読んだとき、 私の心の中に、ふわりとひとつの問いが浮かびました。 「それって、本当に万人にとっての正解なのかな?」と。 確かに、日々忙しく、自意識の檻に縛られて疲れ切っているとき、 そこから解き放たれて大いなるものに溶け込む時間は、 砂漠のオアシスのような癒やしです。 でも同時に、私たちは「これが好き!」 「わたしは今、これを表現している!」 と、自分という輪郭を鮮烈に実感することにも 、言葉にできないほどの生きる喜びを感じるはず。 そう考えていたとき、すとんと胸に落ちてきたのが、 「それって、まるで交感神経と副交感神経のようだな」 という感覚でした。 私たちの身体が、活動の「交感神経」と、 休息の「副交感神経」を心地よく行き来することで 健やかさを保っているように、 心にもきっと、その両方のバランスが必要なんです。 ●「わたし」を立てる時間(交感神経のモード) 自分の感性や内なる光をフルに働かせて、現実世界を情熱的に生きる時間。 自分の手で何かを創り出したり、誰かと深く関わったり、 個としての輝きを最大化していく、エネルギッシュな喜びです。 ●「わたし」をほどく時間(副交感神経のモード) 自分という看板を一度そっと降ろして、 世界の大きな流れに身を委ねる時間。 美しい自然を眺めたり、何かに深く没頭したり、 ただ呼吸をしているだけの、静かで穏やかな安心感です。 どちらか片方だけでは、心はきっと息切れしてしまう。 日中は「わたし」という存在を存分に生きて動き回り、 夜や疲れたときには、その輪郭をほどいて世界に溶け込んでいく。 この振り子のような往復、グラデーションのバランスこそが、 私たちが一番心地よくいられる「本当の幸福」なのかもしれません。 私の作品づくりも、いつもこの往復のなかにあります。 目の前の素材に没頭して自分を忘れる瞬間(ほどく時間)と、 そこから「わたしだけの美しさ」を形にしていく瞬間(立てる時間)。 みなさんにとって、今はどちらの時間が必要ですか? がんばって「わたし」を生きたあとは、 どうかご自身を優しくほどいて、 心地よいバランスへと帰る時間を大切にしてくださいね。

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