昭和61年に現在の駅舎に変わるまで、駅の入り口は今よりも大津側にありました。
現在でも階段やスラブ床板の遺構を見ることができます。
昭和40年頃までは現在の西友・馬堀店の辺りに海の家と砂浜が連なり、その向こうは遠浅の海が広がっていました。
しかし、昭和40年代前半の埋め立てにより駅から100m程だった波打ち際が、一気に300m以上離れてしまいました。
海岸を駅名にのみ留め、すっかり海が遠くなった頃の馬堀海岸駅を再現してみました。
昭和61年に現在の駅舎に変わるまで、駅の入り口は今よりも大津側にありました。
現在でも階段やスラブ床板の遺構を見ることができます。
昭和40年頃までは現在の西友・馬堀店の辺りに海の家と砂浜が連なり、その向こうは遠浅の海が広がっていました。
しかし、昭和40年代前半の埋め立てにより駅から100m程だった波打ち際が、一気に300m以上離れてしまいました。
海岸を駅名にのみ留め、すっかり海が遠くなった頃の馬堀海岸駅を再現してみました。