こんにちは。チタンアクセサリーを作っているArikataのminneをご覧いただきありがとうございます。
この記事は、Arikataのリング「ゆらぎ」が、どんな体験や考えから生まれたのかを書いたものです。
「将来どうなりたいか」「自分はどう在りたいか」と聞かれると、少し答えに詰まってしまう。
明確な夢や目標はまだ言葉にできないけれど、今のままでいいとも思っていない。
そんなことを感じた経験から「ゆらぎ」という作品を考えました。
この記事をご覧いただき、Arikataの作品に込めた私の考えや想いを知っていただけると嬉しいです。
<理想の在り方を聞いた時に生まれた戸惑い>
「人生の目標はなんですか?」
Arikataで、お客さまインタビューを実施した際、こんな問いを投げかけたことがあります。
こう聞かれた時、すぐに答えられる人は、どれくらいいるでしょうか。
ここでいう理想の在り方とは、立派な夢や、はっきりした人生設計のことだけではありません。
何になりたいか、何が欲しいか、ということではなく、どんな自分でいたいか。何を大切にして生きたいか。日々の中で、どんな感覚を忘れずにいたいか。そういう、自分の奥にある方向のようなものだと思っています。
そんな在り方についてお伺いした時、少し戸惑われる方が多いことに気づきました。
言葉にしようとしても、すぐには出てこない。
何か答えなければと思うけれど、はっきりした夢や目標を言えるわけでもない。
少しだけ「うっ」となるような感覚があったんじゃないかなぁと思います。
考えてみれば、かつては私も、同じ質問に対してしっかりと言語化できていませんでした。
もし急に「あなたの理想の在り方はなんですか?」と聞かれたら、すぐには答えられないのかもしれないと感じました。
<答えに詰まるのは、何も考えていないからではない>
同時に、答えられないからといって、何も考えていないわけではないということも感じました。
現状に完全に満足しているわけではない。
より良い人生を生きていきたいという気持ちはある。
でも、それを明確な言葉や目標にするところまでは、まだできていない。
そういう状態なのかなぁと思いました。
そして、かつての自分のことを思い出すと、こうしてうまく答えられない質問に出会った時、少し自分を責めるような気持ちも出てくるなぁとも思いました。
ちゃんと将来のことを考えていない。
明確な目標がない。
すぐに答えられない自分は、どこかダメなのではないか。
多くの人に尊敬されるような人はすんなり自分なりの言葉で返答できるはず。
自分はそういう人間じゃないのかもしれない。
そんな風に感じてすごく落ち込んでいたと思います。
<言葉にできなかった時間が、今の私につながっている>
今は、自分の理想の在り方について、以前よりは言葉にできるようになりました。
でも、最初からそうだったわけではありません。かつては、自分が何を大切にしたいのか、どう在りたいのかを、しっかりとは言語化できていませんでした。
だからこそ、聞かれた瞬間に言葉に詰まることは、自然なことだと思っています。
ただ、その「うっ」となる感覚には、何か大事なものが含まれているのかもしれないと思いました。
少し苦手だと感じること。
本当は向き合った方がいいと分かっているけれど、まだ向き合えていないこと。
言葉にすると、自分の未熟さや曖昧さが見えてしまいそうで、避けていること。
そういう場所に触れた時、人は少し戸惑うのかもしれません。
けれど、その戸惑いは、ただの弱さではないとも思いました。
むしろ、自分のこれからに向き合うための入口になることがあるのではないか。
そう感じたことが、「ゆらぎ」というリングを作るきっかけになりました。
<戸惑いは、自分に向き合う入口になる>
ちゃんと答えられないことは、ダメなことではない。
戸惑う問いにこそ、向き合う価値がある。
私はそう思うようになりました。
すぐに答えが出る問いは、もう自分の中で整理されている問いなのかもしれません。
一方で、少し言葉に詰まる問いには、まだ整理できていない自分の願いや不安が残っていることがあるのかもしれません。
それは、避けた方が楽なものかもしれません。
でも、そこに目を向けることで、少しずつ自分の理想の在り方に近づいていけることもあると思います。
大きな決意や、立派な目標でなくてもいい。
まずは、心が少し揺れたことに気づく。
その揺れをなかったことにしない。
それだけでも、自分に向き合う小さなきっかけになるのではないでしょうか。
<ふたつの曲線に込めた、心のゆらぎ>
「ゆらぎ」のリングは、ゆるくカーブした形をしています。
そしてリングの表面には、そのカーブと少しズレたシルバーの曲線があります。
ぴったり重なるわけではない、ふたつの曲線。
少しズレながら、重なりながら、ひとつの形になっている。
ふたつの波が少しずれて重なる、ゆらぎは実は sin/cos のグラフをモチーフにしています。
ふたつの波が少しずれて重なる、ゆらぎは実は sin/cos のグラフをモチーフにしています。
この図のように、sin θ と cos θ は同じ波のように見えながら、少しだけ位相がずれています。重なる部分もあれば、離れる部分もある。完全には一致しないけれど、どちらも同じ流れの中にある。
「ゆらぎ」のふたつの曲線にも、そうした少しのズレや重なりの感覚を重ねています。
こうした方がいいかな、ああするのがいいかな。
そんな心の揺らぎを、ふたつの波を重ねることで表現しました。
迷っていること。
まだ言葉にできないこと。
でも、どこかで自分に向き合いたいと思っていること。
そうした揺れを、否定するのではなく、身につけておける形にして、向き合うきっかけにならないか、そんなふうに考えました。
<小さなゆらぎを見逃さずにいるために>
「どう在りたいか」と聞かれて、すぐに答えられなくてもいい。
それは、何も考えていないということではないと思います。
心が少し揺れるのは、自分のこれからに向き合う入口に立っているからなのかもしれません。
そんな心のゆらぎを見逃さないために。
何かのきっかけで思い出し、そのゆらぎに向き合う時間が取れるように。
少しの時間でも向き合い、それを重ねていくことが大切だと思います。
「ゆらぎ」が、その小さな感覚を見逃さずにいるための一助になれればいいなぁと思っています。
作品はこちらからご覧いただけます。
https://minne.com/items/41682607