視覚優位の私が、40年以上つけられなかった日記を続けられるようになった理由

視覚優位の私が、40年以上つけられなかった日記を続けられるようになった理由

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世の中には、毎日、日記をつけられる人がいる。 お気に入りの日記に、書き心地の良いペンでその日の出来事を綴る。 「ジャーナルをつけてる」って、言ってみたい。 なんだかカッコいい… 三日坊主とはよく言ったものだ。 本当にきっかり3日で終わる。 意志力の問題もあるのだろうが、4日目の朝には、 日記の存在を完全に忘れている。 不思議なくらい、清々しく…だ。 何者かが、日記の記憶を消去しているのだ。 最初の3ページだけ書かれた日記が増えるたび いつしか、自分は継続できない人間だという、 セルフイメージになった。 だがしかし!  生まれて初めて、この2週間、ジャーナルを続けられている! もう一度言おう。 「 ジャーナル? つけてるよ。 」 カッコいい… 三日坊主の同志諸君! 君たちに朗報だ! いっしょに、「 ジャーナル? つけてるよ。 」って言おう! それでは早速、私が50年以上(タイトルではちょっと若ぶって40年以上と言っているが、50は40以上なので嘘ではない。)、つけられなかった日記(ジャーナル)を続ける方法を共有しよう。 結論から言うと、日記がつけられなかった原因は、根気のなさではなく(もちろんそれもあるが…)、脳の特性と、日記というツールの形式のミスマッチにあったのだ。 人間の認知特性には3つのタイプがある(と言われている)。 聴覚タイプ: 情報を音や言語で処理するタイプ。 触覚タイプ: 情報を感情や触覚で処理するタイプ。 視覚タイプ:情報を映像として処理するタイプ。 私は「視覚タイプ」の特性が強い。 聴覚タイプの人は、頭の中の独り言をそのまま文字に書き写す感覚で日記が書ける(のだろう。しらんけど。)。 触覚タイプの人は、ペンの書き心地を含めノートに向かう時間そのものが癒やしになるから日記が続きやすい(のだろう。しらんけど。)。 視覚タイプは、情報を映像にして理解する。 映画を観ながらその様子を文字で書き出すことになる。 映像と文字は、変換の相性が悪い。 小説を映画化すると、おかしなことになりがちなのと似ている。 文字に変換している間に、脳内の映像は流れ去ってゆく。 文字を書く速度では、脳内の映像を記述しきれない。 結果として「うまく言葉にできない」「面倒くさい」という感覚だけが残り、挫折する。 つまり、視覚タイプにとって、手書きの日記は、相性が最悪だったのだ。 このミスマッチを解決するために、取り入れたのが 音声入力によるテキスト化だ。 手順は簡単。 1. ChatGPTの音声認識機能(マイク機能)を起動する。 2. 今日あったことや頭に浮かんでいる映像を、そのまま口に出して喋る。 3. 自動生成されたテキストをコピーして、Googleドキュメントにペーストして保存する。 以上だ。 貼り付けるのはGoogleドキュメントでなくていい。 普段、使っているメモやWordなど、なんでもいい。 『 ChatGPT 』と『 Googleドキュメント 』これだけ。 ChatGPTの音声認識能力はとても優秀。 「え〜」とか、「あ〜」とか、言い淀みをカットして純粋な言葉の羅列にしてくれる。 小さな声でもきちんと拾ってくれる。 だから、朝の寝ぼけた状態の掠れ声でも文章にできる。 そう。夢日記にも適しているのだ。 この方法の最大の利点は、「文法を考えて言語化する」というプロセスをカットして、頭の中に浮かんだことを、ただ、声にするだけで済むこと。 喋るスピードは書く速度よりはるかに速い。 だから、視覚イメージを素早く記録できる。 日記を開いて、ペンを握って手を動かす。 その負担が、体感的には20分の1以下で済む。 この「音声ライフログ」を始めてから、私の日常には奇妙な変化が起きている。 あれほど挫折し続けていた日記が半月以上続いている。 それと同時に、不思議と、今までどうしても継続できなかった他のタスクや習慣までが、できるようになってきた。 すべての物事が、静かに前に進み始めた感じ。 実のところ、最初は日記を書くつもりではなく モーニングページのために考えたのが、この 音声テキスト化大作戦だったのだ。 モーニングページとは、ジュリア・キャメロンさんの提唱する 朝、頭の中に浮かんだことを全て紙に書き出すといういかれた儀式のこと。 頭の中を一度全部外に出す。 話したり、書いたりすることで、脳は記憶しておく必要がなくなると錯覚するのか、メモリが解放されるらしい。 本当かどうかはやってみればわかるので、やってみた。 本当は手書きが良いのだろうが、できないのだから仕方がない。 音声テキスト大作戦だ。 やってみた。 自分が変わった。 電子機器の発達により、紙とペン以外の選択肢が生まれた。 これが私の人生に、わずかだが偉大な一歩を歩ませた。 日記とかジャーナルとか、体裁はなんでもいい。 ただ、思い浮かんだこと。 いつも考えていること。 悩んでいることや困りごと。 そういうことを全部吐き出して、テキストにする。 それだけで、脳内の断捨離ができる。 もし、日記が続けられないことで、自分はダメな人間だと感じてしまっている同志がいるなら、どうかこの方法を試してみて欲しい。 日記として続けずとも、頭の中の雑念を吐き出す効果は絶大だ。 私は、一日の中で何か思うことがあるたびに、音声をテキストにしてジャーナルにコピペしている。 だから、ライフログのようになる。 目が覚めたら、寝ぼけながら夢の中のことをめちゃくちゃな日本語でテキスト化する。ジャーナル(Googleドキュメント)に貼り付ける。 散歩中に感じたこと、思いついたことを記録する。 本を読んでいて閃いたことを言葉にする。 ふと、この世界の仕組みがわかってしまった時にその感覚を残す。 ツギハギだらけのジャーナル だけど 自分の行動パターンが、何かスムーズになっていることを感じ、奇妙な感覚になっている。 これは私にとって、大袈裟ではなく、停滞していた人生の歩みを進ませる 神器とも言える道具の発明だと感じている。 noteを書くようになったのも、このジャーナルの影響なのだ。 「ジャーナル? つけてるよ。」 やっぱり、カッコいい… タナカの note記事より

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世界初のスピリチュアーティスト / 波動玉®創始者

INDIGO HERMIT TOKYO|波動玉®︎
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