本日の記事は少しだけ暗くなるかもしれない内容をお届けします。
まずはじめにタイトルにもあるように
私の父は自宅で孤独死をしました。
両親は私が小学校を上がる前に離婚し、母は家を出ていき、
私は父に引き取られて育ちました。
小さい頃はよく父に甘えたりもしていましたが、
お互い性格が似ていたこともあり、よく衝突していました。
23歳で、ほんの少し貯めたお金で家を出て、一人暮らしを始めました。
それから約10年。
実家に帰る事はほぼなくて、父と連絡することも年に数回という、
親子にしては寂しい関係でした。
だけどそんな私も大切な人ができ、父に彼を紹介しました。
私の彼は、家族をとても大事にする方で、
ほぼ毎日ご両親と連絡を取っていて、良好な関係関係を築いていました。
そんな彼を見ていると、たったひとりの家族である父を蔑ろにしている自分が恥ずかしくなり、
父に対して心を入れ替えるきっかけとなったんです。
実家に父を迎えに行き、父のリクエストだった焼肉食べ放題のお店で
食事をしました。
私がトイレに行って帰ってくると、
「娘をよろしくね」
という声が聞こえてきました。
ああそっか...私のお父さんなんだな。と、恥ずかしながら今更
当たり前のことを実感しました。
正直、心からお父さん大好き!という気持ちにはなれなかったけど、
これからは、突っぱねていた時間を取り戻せるかもしれない…
とも思ったし、
実は、父が楽しみにしていた孫の顔も見せてあげられるかもしれない。
希望がありました。
その一か月後でした。
父と連絡がとれない。と、祖母から連絡がありました。
夏の暑い日曜日で、私はお昼だったけど、汗を流すためにシャワーを浴びて、着替えているところでした。
父はメンタルが弱く、連絡が取れなくなることはよくあったので、
いつものことだと、あまり気にしていませんでしたが、父の友人が心配して家に来ているとの事だったので
私は実家の鍵をもってすぐに向かいました。
少しだけその時すでに嫌な予感はしていましたが…
実家に到着すると、すぐに異臭を放っていることがわかりました。
その瞬間に父が【死んでいる】ことを確信しました。
鍵を開けてもチェーンがされていたので、警察と鍵屋さんに来てもらい、
ドアは空きましたが、警察の方から
「中に入らない方がいい」と言われ、私はその場に座り込んでしまいました。
もしかしたら...という希望は、すぐに断ち切られてしまったのです。
それから、1時間...2,3時間は経っていたかも知れません。
警察の方が持ってきたビニルシートにくるまれて、父は運ばれていきました。
夢をみているようで、自分の手や、空や木を見て、
「ああ...現実なんだ」と実感したんです。
顔を伏せた私に、駆け付けた祖母が
「泣きなさい」と、ずっと頭をなでてくれていました。
それからは、父の死を考える暇もなく、警察署や役所、葬儀場など目まぐるしく日々が過ぎていきました。
父の死について、親戚の伯母さんたちから責められましたが、頭の中はなぜかずっと静かでした。
司法解剖をしましたが、死後の時間が経ちすぎていたため、不明でしたが、
持病の発作だと思われると、警察の方から告げられました。
「死ぬ前にもっと話したかった」「もっと親孝行したかった」とか、
そんなことを考える事はなく、
ただただ、娘としての仕事をまっとうする毎日でした。
あの日から、もうすぐ一年が経とうとしています。
時間が経てば経つほど、色んな後悔の気持ちや、父との思い出を今更思い出しています。
たまたま、父の遺品生理で実家で作業をしているときに、近所に住んでいる30年近い幼馴染のS君のお父さんにお会いしました。
お話を聞くと、おじさんも離婚をされて一人で住まわれているようでした。
私の父の話をすると、
「僕も一人だから気をつけないとね。」と寂しく帰って行かれました。
後日、S君から連絡があり、私の父の死をひどく悼んでくれて、続けてこう言いました。
「俺も、親父と仲が悪くて連絡まったく取ってなかったけど、おいちゃんの件をきっかけに親父から連絡がきて、今度飯に行くことになったよ。ありがとう。」
と言われたんです。
言葉にできないほどすごく嬉しかったんです。
それから彼らは頻繁に会うようになったようです。
現在、コロナウイルスの影響で、外食も出来ない、親にも親戚にも、孫にも兄弟にも会えないという、今まで普通にできていた人間同士の触れ合いを、満足に出来ない状況が続いています。
私も祖父母に会いたくても、いつ自分が感染するかわからない状態で、気軽に会いに行けません。
私はウイルスなど関係なく、自分の意地やプライドで、父との距離を作ってしまい、結果的に悲しい死を迎えさせてしまいました。
だけど、今これを読んでいるあなたはまだ間に合うんです。
もし、本当は会いに行きたい。大切にしたい。と思う人があなたに一人でもいるのなら、後悔してほしくない。
認めたくなかったけど、私は後悔しています。
一本の電話や一本のメールが父を救ったかもしれないと。
私がこのnoteの記事を書き始めたことや、ミンネに作品を出品するきっかけとなったのは父の死です。
恐らくですが、父のように自宅で一人亡くなってしまう方は、
今後増えてしまうと予想されます。
人との関りが減り、携帯や機械に疎いご高齢者や、体の不自由な方は、
どんどん取り残されてしまう社会に少なからずなっていきます。
私にできることは、【お花のお届け】だと思いました。
定期的に、別々に暮らすご家族が、お花をお届けすることで、
距離は保たれていくものだと思います。
社会的距離(ソーシャルディスタンス)という言葉を最近よく耳にしますが、
大切にしたい人との距離は離してしまってはいけないのだと思うのです。
私は、現在毎月2回、祖父母の家に父が眠る仏壇にお花を届けています。
ただお花を贈るだけで、距離が保たれるのなら、父にも贈ってあげればよかったと思ってしまいますが…
私のミンネのページでは、お花の定期便を販売しています。
ご希望があれば、直接LINEでご相談いただいても大丈夫です。
どうか、大切な人のと距離は保っていただきたい。
それがお花に込める私の思いです。
下手くそな文章ですがここまで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
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