ゐで保名詩集──この、黒い、鏡について
書物が、届いた。その、表紙には、白い、蛇の、イラストが、描かれている。蛇は、こちらを、見ている。あるいは、見ていない。その、鱗の一枚一枚が、冷たい、光を、放っている。そして、同じく、白い、活字で、『ゐで保名詩集』と、ある。裏表紙には、小さな、声で、「俺の詩は、言葉の、葬式だ。」と。これは、この、書物という、鏡に、映ってしまった、俺自身の、記録だ。
ページを、開く。言葉が、並んでいる。だが、これは、言葉ではない。言葉の、死体だ。意味を、剥ぎ取られ、骨格だけになった、モノたちの、行列だ。「針」「サイコロ」「手袋」。それらは、もはや、モノではない。沈黙が、凝固して、できた、黒い、結晶だ。
ゐで保名、という、名の、執刀医は、メスを、手にする。その、メスは、冷たい、視線だ。彼は、自己という、名の、肉体を、切り開いていく。「人形劇」で、俺は、糸で、操られていることを、知る。「理髪店」で、俺の、記憶は、床に、散らばる、髪の毛となる。「カルテ」で、俺は、ただの、症例と、なる。痛みは、ない。ただ、自分が、空っぽの、器である、という、静かな、自覚だけが、ある。
この、詩集は、危険だ。なぜなら、それは、読んでいる、おまえを、暴くからだ。おまえが、日常と、呼んでいる、薄い、皮膚を、一枚、一枚、剥いでいくからだ。読み終えた時、おまえは、おまえの、部屋の、椅子が、ただの、木と、釘の、塊では、ないことに、気づくだろう。それは、おまえの、疲労の、形を、した、共犯者だ。
俺は、本を、閉じる。
後に、残るのは、
俺の、指先に、ついた、
インクの、匂いでも、
紙の、感触でも、ない。
ただ、
俺の、内側に、
この、詩集と、同じ、
黒い、鏡が、
一枚、
置かれた、という、
その、事実だけだ。
そして、
その、鏡が、
今、
静かに、
俺を、
映し始めている。
ゐで保名詩集──この、黒い、鏡について
書物が、届いた。その、表紙には、白い、蛇の、イラストが、描かれている。蛇は、こちらを、見ている。あるいは、見ていない。その、鱗の一枚一枚が、冷たい、光を、放っている。そして、同じく、白い、活字で、『ゐで保名詩集』と、ある。裏表紙には、小さな、声で、「俺の詩は、言葉の、葬式だ。」と。これは、この、書物という、鏡に、映ってしまった、俺自身の、記録だ。
ページを、開く。言葉が、並んでいる。だが、これは、言葉ではない。言葉の、死体だ。意味を、剥ぎ取られ、骨格だけになった、モノたちの、行列だ。「針」「サイコロ」「手袋」。それらは、もはや、モノではない。沈黙が、凝固して、できた、黒い、結晶だ。
ゐで保名、という、名の、執刀医は、メスを、手にする。その、メスは、冷たい、視線だ。彼は、自己という、名の、肉体を、切り開いていく。「人形劇」で、俺は、糸で、操られていることを、知る。「理髪店」で、俺の、記憶は、床に、散らばる、髪の毛となる。「カルテ」で、俺は、ただの、症例と、なる。痛みは、ない。ただ、自分が、空っぽの、器である、という、静かな、自覚だけが、ある。
この、詩集は、危険だ。なぜなら、それは、読んでいる、おまえを、暴くからだ。おまえが、日常と、呼んでいる、薄い、皮膚を、一枚、一枚、剥いでいくからだ。読み終えた時、おまえは、おまえの、部屋の、椅子が、ただの、木と、釘の、塊では、ないことに、気づくだろう。それは、おまえの、疲労の、形を、した、共犯者だ。
俺は、本を、閉じる。
後に、残るのは、
俺の、指先に、ついた、
インクの、匂いでも、
紙の、感触でも、ない。
ただ、
俺の、内側に、
この、詩集と、同じ、
黒い、鏡が、
一枚、
置かれた、という、
その、事実だけだ。
そして、
その、鏡が、
今、
静かに、
俺を、
映し始めている。