作品説明
有川真由美さん『女子が毎日トクをする人間関係のキホン』より
「人は人、自分は自分」で生きるために 私がやめた3つのこと
人間関係で気を遣いすぎて、ものすごく疲れる……。じつは、かつての私がそうでした。
人の輪に入ったり、自分の意見を主張したり、人とうまく付き合ったりするのが大の苦手。
人の顔色をうかがってばかりいるのに、「あの人はおかしい!」という批判したくなる気持ちもあって、
いつもイライラ、クヨクヨ考えてばかりいました。
これは性格や考え方の問題もありますが、多くの人が陥っている“呪縛”によるものかもしれません。
「人はどう思うのか?」「人はどうするのか?」と人の目を基準にした言動をとってしまうのです。
それはもう意識もしないほどあたりまえに。
「自分の幸せに責任があるのは、自分しかいない。これからは、だれになんと思われてもいい。
好きなように生きていこう」と。
そして、つぎの3つのことをやめようと決めました。
1. 「人と比べること」をやめる
2. 「人に合わせること」をやめる
3. 「人の目を気にすること」をやめる
私たちは、人と自分を安易に比べて心のなかで「勝った/負けた」「優れている/劣っている」
とバトルを繰り返していますが、それは評価の“一部”で、そもそも競争なんてないのです。
“職場カースト”“ママカースト”なども、小さな世界の“部分的”な格付けです。
「みんながそうしているから」と、“人”に合わせて自分もその方向に進もうとするのが、
不幸の始まり。自分を抑えることになるだけでなく、うまくいかなかったときに、
相手のことを恨むようにもなるでしょう。
また、「悪く見られるのではないか」「批判されたらどうしよう」「~と思われないようにしなきゃ」
とつねに人の目を気にしていたら、心安らぐことはありません。
人の目を気にする最大の原因は「自分をよく見せたい気持ち」。ですが、だれだって、いいところ、
そうでないところもあるのですから、いくらか批判されるのはあたりまえなのです。
そもそも、他人は、自分のことをそれほど見てないと思っておいたほうがいいでしょう。
人と同じ道を行くことが、安心や幸せにつながるという思いは、いまも多かれ少なかれ、
人の判断基準に影響を与えています。でも、世間の判断基準なんか持ち出さなくても、
自分で人生の道は切り開いていけます。「人それぞれ」でいいのです。
「3つのやめること」を決めたときの私はよく、「自分は自分、人は人」
「私には私の価値がある」とつぶやいていました。そして、なにかの選択をするときは、
“人”ではなく、“自分”の心を基準にするようにしたのです。「ほんとうのところ、どうしたいの?」と。
有川真由美さん『女子が毎日トクをする人間関係のキホン』より
「人は人、自分は自分」で生きるために 私がやめた3つのこと
人間関係で気を遣いすぎて、ものすごく疲れる……。じつは、かつての私がそうでした。
人の輪に入ったり、自分の意見を主張したり、人とうまく付き合ったりするのが大の苦手。
人の顔色をうかがってばかりいるのに、「あの人はおかしい!」という批判したくなる気持ちもあって、
いつもイライラ、クヨクヨ考えてばかりいました。
これは性格や考え方の問題もありますが、多くの人が陥っている“呪縛”によるものかもしれません。
「人はどう思うのか?」「人はどうするのか?」と人の目を基準にした言動をとってしまうのです。
それはもう意識もしないほどあたりまえに。
「自分の幸せに責任があるのは、自分しかいない。これからは、だれになんと思われてもいい。
好きなように生きていこう」と。
そして、つぎの3つのことをやめようと決めました。
1. 「人と比べること」をやめる
2. 「人に合わせること」をやめる
3. 「人の目を気にすること」をやめる
私たちは、人と自分を安易に比べて心のなかで「勝った/負けた」「優れている/劣っている」
とバトルを繰り返していますが、それは評価の“一部”で、そもそも競争なんてないのです。
“職場カースト”“ママカースト”なども、小さな世界の“部分的”な格付けです。
「みんながそうしているから」と、“人”に合わせて自分もその方向に進もうとするのが、
不幸の始まり。自分を抑えることになるだけでなく、うまくいかなかったときに、
相手のことを恨むようにもなるでしょう。
また、「悪く見られるのではないか」「批判されたらどうしよう」「~と思われないようにしなきゃ」
とつねに人の目を気にしていたら、心安らぐことはありません。
人の目を気にする最大の原因は「自分をよく見せたい気持ち」。ですが、だれだって、いいところ、
そうでないところもあるのですから、いくらか批判されるのはあたりまえなのです。
そもそも、他人は、自分のことをそれほど見てないと思っておいたほうがいいでしょう。
人と同じ道を行くことが、安心や幸せにつながるという思いは、いまも多かれ少なかれ、
人の判断基準に影響を与えています。でも、世間の判断基準なんか持ち出さなくても、
自分で人生の道は切り開いていけます。「人それぞれ」でいいのです。
「3つのやめること」を決めたときの私はよく、「自分は自分、人は人」
「私には私の価値がある」とつぶやいていました。そして、なにかの選択をするときは、
“人”ではなく、“自分”の心を基準にするようにしたのです。「ほんとうのところ、どうしたいの?」と。