意味解読の続報47 敵対関係にある複数の当事者は彼らの間にある敵対関係を自力で解決することができません。当事者同士の状況判断や現状認識や価値観の解釈などが相互に嚙み合うことがないすれ違いのために敵対関係になっているからです。解決の糸口のない平行線の論議なわけで、水掛け論の押し問答が果てしなく続きます。この解決法は完全に公平中立な第三者が当事者を仲裁調停することですが、現実にはそのような第三者は神しか存在しません。この中心にある敵対関係は錯綜であり、いわばカオス的な空白地帯です。この空白をパンドラの箱のように中心に押し込めて、白熱バトルを棚上げにして凍結してしまえば、世の中は安泰の見かけを維持できます。つまり民主主義的な中心の空白や中心の神という空白の虚構です。最も緊迫した不穏な状況を真ん中に据えて不問の空白地帯に隠して、それによって中心化された休戦状態を締結保持するのです。なので中心の空白とは単なる空っぽではなく、人々がそれぞれの憎悪を投げ込める空白なのです。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。
意味解読の続報47 敵対関係にある複数の当事者は彼らの間にある敵対関係を自力で解決することができません。当事者同士の状況判断や現状認識や価値観の解釈などが相互に嚙み合うことがないすれ違いのために敵対関係になっているからです。解決の糸口のない平行線の論議なわけで、水掛け論の押し問答が果てしなく続きます。この解決法は完全に公平中立な第三者が当事者を仲裁調停することですが、現実にはそのような第三者は神しか存在しません。この中心にある敵対関係は錯綜であり、いわばカオス的な空白地帯です。この空白をパンドラの箱のように中心に押し込めて、白熱バトルを棚上げにして凍結してしまえば、世の中は安泰の見かけを維持できます。つまり民主主義的な中心の空白や中心の神という空白の虚構です。最も緊迫した不穏な状況を真ん中に据えて不問の空白地帯に隠して、それによって中心化された休戦状態を締結保持するのです。なので中心の空白とは単なる空っぽではなく、人々がそれぞれの憎悪を投げ込める空白なのです。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。