意味解読の続報27 西欧では、細部に神は宿る、と言います。細部に悪魔が宿る、というのもあるそうで、契約書の見落としがちな細部にさりげなく目立たないように契約を結ぼうとする人にとって不利な条項が書き込まれている、というものだそうです。すると、神は目立たないような細部に何らかのメッセージを忍ばせているのでしょうか。神は人知の及ばない超越的な存在のことですから、定義からして人の地平のやり方で人と対等に直にコンタクトを取らないわけです。それゆえ恩寵を知らせるためには奇跡の必要性があるのでしょう。この世は人間的なものや想念で充満しているので、神のイメージを含めこの世にあるいずれも100パーセント人為です。人為でない可能性を探すなら世の習いの真ん中ではなく、この世の端っこの文明が蒸発し始めるような細部にしかない、ということなのでしょう。たとえば、不図した間違いや勘違いに神の秘跡が滑り込んでくる、など。人は通常、完全主義を神の御業と思いがちであるなら、それはむしろ人間的な想念で人間の理想にすぎず、むしろそれを裏切るところに神が潜んでくる、そのような反転にこそ極意がある、というようなことかもしれません。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。
意味解読の続報27 西欧では、細部に神は宿る、と言います。細部に悪魔が宿る、というのもあるそうで、契約書の見落としがちな細部にさりげなく目立たないように契約を結ぼうとする人にとって不利な条項が書き込まれている、というものだそうです。すると、神は目立たないような細部に何らかのメッセージを忍ばせているのでしょうか。神は人知の及ばない超越的な存在のことですから、定義からして人の地平のやり方で人と対等に直にコンタクトを取らないわけです。それゆえ恩寵を知らせるためには奇跡の必要性があるのでしょう。この世は人間的なものや想念で充満しているので、神のイメージを含めこの世にあるいずれも100パーセント人為です。人為でない可能性を探すなら世の習いの真ん中ではなく、この世の端っこの文明が蒸発し始めるような細部にしかない、ということなのでしょう。たとえば、不図した間違いや勘違いに神の秘跡が滑り込んでくる、など。人は通常、完全主義を神の御業と思いがちであるなら、それはむしろ人間的な想念で人間の理想にすぎず、むしろそれを裏切るところに神が潜んでくる、そのような反転にこそ極意がある、というようなことかもしれません。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。