意味解読の続報8 ライプニッツは人間をモナドという球体(単体)として表現します。モナドには窓がなく、その内面は外からはわかりません。モナド同士は言葉などの表現媒体によってコミュニケーションしますが、真に相手の内面の世界観(心)を知ることはできません。そんなモナド同士の集団‐社会がうまくいくとしたら、それは最終的には神の予定調和があるからであるとします。外界を映し込んでいるモナド内の世界観は無限ですが、外から見れば有限ですので、それを集合の円で表せば、円周の境界線は外部に属しており、円内部は無限です。円内部には空集合という外部を表す例外的な空白の要素があり、それとの対応で内部要素はひとまとまりの内部要素となります。諸円つまり諸モナドの交わりの部分は、共有されるこの空集合であり、諸モナドは空集合によって中心化されてひとまとまりの社会を形成します。この中心の空集合の空白は人々の想像物を投影できる空っぽの容器であり、中心にふさわしい何かをそれぞれに想定しますが、たとえば神、国王、政治的指導者、民族精神、金、理念などであったりし、そのイメージは諸個人が思い思いに結ぶことを空集合は可能にします。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。
意味解読の続報8 ライプニッツは人間をモナドという球体(単体)として表現します。モナドには窓がなく、その内面は外からはわかりません。モナド同士は言葉などの表現媒体によってコミュニケーションしますが、真に相手の内面の世界観(心)を知ることはできません。そんなモナド同士の集団‐社会がうまくいくとしたら、それは最終的には神の予定調和があるからであるとします。外界を映し込んでいるモナド内の世界観は無限ですが、外から見れば有限ですので、それを集合の円で表せば、円周の境界線は外部に属しており、円内部は無限です。円内部には空集合という外部を表す例外的な空白の要素があり、それとの対応で内部要素はひとまとまりの内部要素となります。諸円つまり諸モナドの交わりの部分は、共有されるこの空集合であり、諸モナドは空集合によって中心化されてひとまとまりの社会を形成します。この中心の空集合の空白は人々の想像物を投影できる空っぽの容器であり、中心にふさわしい何かをそれぞれに想定しますが、たとえば神、国王、政治的指導者、民族精神、金、理念などであったりし、そのイメージは諸個人が思い思いに結ぶことを空集合は可能にします。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。