解読中の意味の続報40 フロイトは人には生の衝動(エロス)と死の衝動(タナトス)が見られるとしています。生の衝動は生きようとする生命の意志でしょうが、死の衝動はそれには反する行為で、それが何かというよりもそれが認められるということでしょう。たとえば破滅型とか自滅型とか自殺行為という言葉もあります。戦争も絶えません。映画なども破壊活動をテーマにすることが多いですし、クラッシュなどの衝撃映像も人気があります。映画では車はむしろ破壊されることの方が多い気がします。創作では創造と破壊はセットです。現状打破の革命気質もそうかもしれません。環境破壊が進むのも死の衝動が勝っているからなのでしょう。人の世の中心には空白があり欲望とは空白の穴埋め作業ですが、それは失敗を運命づけられています。この失敗に固執することが死の衝動かもしれません。欲望が失望に変わることを防ぐために、失敗を欲望することで欲望を持続させるわけです。なので禁欲を欲望することもあるわけです。節制や修行や苦行を楽しみや喜びに変えて、逆説的に空白そのものに接近することになります。空白を肯定的に穴埋めすることが生の衝動、否定的にあるいは偏心的に穴埋めすることが死の衝動なのかもしれません。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。
解読中の意味の続報40 フロイトは人には生の衝動(エロス)と死の衝動(タナトス)が見られるとしています。生の衝動は生きようとする生命の意志でしょうが、死の衝動はそれには反する行為で、それが何かというよりもそれが認められるということでしょう。たとえば破滅型とか自滅型とか自殺行為という言葉もあります。戦争も絶えません。映画なども破壊活動をテーマにすることが多いですし、クラッシュなどの衝撃映像も人気があります。映画では車はむしろ破壊されることの方が多い気がします。創作では創造と破壊はセットです。現状打破の革命気質もそうかもしれません。環境破壊が進むのも死の衝動が勝っているからなのでしょう。人の世の中心には空白があり欲望とは空白の穴埋め作業ですが、それは失敗を運命づけられています。この失敗に固執することが死の衝動かもしれません。欲望が失望に変わることを防ぐために、失敗を欲望することで欲望を持続させるわけです。なので禁欲を欲望することもあるわけです。節制や修行や苦行を楽しみや喜びに変えて、逆説的に空白そのものに接近することになります。空白を肯定的に穴埋めすることが生の衝動、否定的にあるいは偏心的に穴埋めすることが死の衝動なのかもしれません。
定形は文明を不定形は自然を象徴しています。
つまるところ自然とは、文明に抵抗してくるところのものであり、文明とは自然をコントロールすることですが、自然とはそれがままならず、それどころか文明を崩壊させてしまうものです。これまでほとんどの文明が、環境破壊の末に自然からのしっぺ返しを受けて滅んできました。人間における失敗とは、人為に対する想定外の自然の反作用のことです。
人間が発明した神という概念は、自然の中の空白(0の発明)のことであり、自然の因果連鎖を超えた非存在の無のことです。よって人間の目指すものは、自然の摂理を超えた霊魂の不滅(宗教)や、現世においては不老不死の欲望(科学)、以外にないことになります。
もし、この空白を信じるのをやめ、そこに託した希望や夢を断念してしまうと、人生の意味(物語)そのものが失われてしまうことになります。こうして人間の宿題は、未踏の空白とそこにふさわしい聖像を探す不可能な旅となります。
綿布にアクリル絵の具で描いた絵で、サイズは綿布が95×135㎝ほどです。綿布の生成り地の余白部分も作品のうちです。シリーズで50点ほどあります。