亥の子餅(玄猪餅)がらみのお話です。
江戸時代初期の仁清(にんせい)の作に「玄猪包(げんちょつつみ)香合」があります。
大きさは約10cm四方、高さ(厚さ)は約2cmです。
※『茶道美術全集7 香合』より。
旧暦十月(亥の月)の亥の日に、宮中では亥の子餅(玄猪餅)がつかれて臣下・女官に下賜されましたが、それを包んだ紙(畳紙)は「玄猪包」と云われました。
「玄猪(げんちょ)の式」は、古くは平安のころから続く行事で、旧暦10月(亥の月)の亥の日に行われ亥の子餅を作って食べ無病息災、子孫繁栄(猪=多産)を祈ったそうです。その亥の子餅は紙に包み初めの亥の日には菊の葉を、中の亥の日には紅葉の葉を、下の亥の日には銀杏の葉をはさみ包んであったそうです。また、この日に炬燵(こたつ)を開けるとを火難を免れるといってこの日を選んで炉を開ける習わしがあるようです。この包みを仁清が香合にしたてたのが、この玄猪香合です。
この香合はその形を写したものとなっています。
白釉を一面に掛け、色水引を四方から十文字に結び合わせた間に銀杏の葉一枚を青釉で差し挟んで、雅な包をあらわした香合です。
現在でも、秋の茶道具カタログには、仁清の写しが必ずと云っていいほど掲載されている定番の香合(こうごう)となっています。