つれづれまるままに… 【むかし話・その1】20230509

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誤字脱字などあるかと思いますが、お許しください…<(_ _)> (あと、個人的見解・記憶・極論が満載なので…お許しくださいマセ <(_ _)>) 私、大阪の人間なんで…すね?笑(←そこから 笑) で、この「石」の事を始めたのが「大阪 OCAT」という場所の地下で開催されていた 「アートフリマ」でした。当初、確か…2ヶ月に1回の開催だったかな?でした。 最初は、10店舗少しあったかな?で「これ…続くん?」と思う位の、弱々なイベントでした。 (大阪の人間でも「旧 JR湊町駅」今のJR難波駅は、実はあまりメジャーではなく(←ちょっと偏見 笑)  でも「ダンサー」にはとっても有名な場所なんだそうです。小さいけど舞台もあるし。  夕暮れてくると、若いダンサーさんが今も集まって練習してる場所だと思います) そこの入り口から入って「マクド」「イタリアントマト」「北欧(現・アルヘイム)」 確かイタリアントマトの前までも、出展は無かった位だった…と、思います。 今なら、あちこちで「アートフリマ」的なイベントはたくさん見られるけど その当時は「アート?要はフリマやろ?値引いてよ。要らないもの売ってるんでしょ?」的な方も居たり カタギじゃない幹部さんがサンシタを露払いに恋人さんと仲良く来られてたり…(懐かしい…笑) 今のイベントはたいがい「入場料」取られますが「大阪 OCAT アートフリマ」は OCATの通路で開催していたので「通行される方が、お客様」で 出展者側は、場所代と机と椅子の備品代を負担して、出展していました。 なので…結構「鍛えられ」ました(笑)何が?なぜか? 「購買意欲のある方ばかりでは無い」から 今の「アートフリマ」は、入場料を「払ってでも買いたい」と思って下さってる方が来られる。多分。 でも、OCATは通路で開催していたので「通行される方」なので「通行がメイン」 極端な話「お店が出てると邪魔」って思われる可能性もあるし…です。 やからどうやって「気を引く」とか「目を引く」とか 見て貰える事、楽しんで貰える事、何か「工夫」を考えるんですよね。 後は「お客様をどうやって増やす?」って部分は、大大大問題でした。 始まった当時は「SNS」なんて無い時代やし(笑)もぉ、ホンマに「口コミ」がメイン!!! やから、先ず何よりは「来訪者を増やす事」。主催者の方も、ほんま大変やったと思います(感謝<(_ _)>) 個々人も来て下さった方に「もし良かったら、アドレス教えてください」とか(私は) 「次はいついつの開催です」とか、「まず案内して、来て頂く方を増やす」と、思ってやってました。 (コレ、現在の北海道イベントでも効果あると思って、やってます 笑笑) その後…何が功を奏したのか?(←いゃ、ホンマに、いまだにはっきりした理由わからんデス 笑) 月一開催が、2週間に一回の開催に増え (↑↑ とは言え、主催者・出展者全員の努力の賜物かと) 出展者も、最高100作家さん(…確か…記憶では…盛ってナイと思う…笑笑) OCATの通路、入口のマクド前から最奥の富永脳神経外科の連絡通路手前まで お店の入り口がない部分は、通路の両側に「作家さん」が並び お客様も「アートフリマを目的」として来て下さる方も増えて (私は、たまたま東京から出張で来られてた方が顧客様になり、出張日を調整下さってました) OCATの上層階の食べ物屋さんが「割引チケット」発行したり(フリマの日に合わせて…は、驚いた 笑) 出展者も多岐にわたり 普通に「手作り作品」編みぐるみやフェルト作品とかある中 「行燈」作ってる人が居たり、焼き物の人が居たり 当時流行りだしていた「アートペインティング」を即興でする人居たり 「竹細工」もぉ凄く緻密な竹細工を作ってたおじちゃん居たり 赤ちゃんが口に入れても大丈夫な様に作られた「木工玩具」あったり 古着なんかのリメイクも、アンティーク調あり 和服のリメイクした洋服あり、ジーンズをカバンに仕立てたのあり 当時では珍しく「手作り石鹸」もあったな… 私がお世話になったのは「篆刻作家のおじちゃん」で 自分も高校の時の書道で「篆刻」したことあったんで 石屋としては「やっぱ、ハンコは篆刻でしょ」と…当時にしてはハリコミ(←大阪弁で頑張ったって意味) 「Kaneki」の名前と、屋号を篆刻お願いしました。 結果、私の性格では「作らんよな…(・_・;)」な字体で、その上「i」の点が♥型になっとるでェ…と 笑 「おっちゃん(^_^;)そんなオーダーしてないでぇ~」と言ってたら 「屋号ぐらいは(^_-)-☆可愛らしくしときぃ~笑笑」と言われ… 今に至る…笑笑笑 今となっては、とっても!気に入ってます。 そんな大盛況だった「大阪 OCAT アートフリマ」でしたが 何が問題やったのか?「閉会」に。当時、いろんな「噂」が流れました 例えば「上階のテナントさんが『売れないから困る』と言ったとか 例えば「OCATさんの担当者が変わって、言う事が変わった」とか 例えば「犯罪一歩手前?的な事をしていたお店があった」とか… どれがホンマなのか?分からないまま、大盛況だったのに「終わり」を迎えました。 ただ、主催者さんが頑張ってくださって 一時「2Fの空き店舗で開催」もしていたんですが、結果続かず…でした。 私は、有難い事に「Kaneki目的」で来て下さる方が数名いらっしゃり 来られたら「1時間、2時間は石と遊んでく」のが通常なお店だった事もあり いつも「メインの場所から外した場所希望!でも、角地」で、長居ができるようにしていました。 そんな特徴もあったので「大阪 OCAT アートフリマ」無くなるとなって… 「楽しめる場所が無くなる」とか「石に癒される場所が…」と、言って下さる方も居られました。 その時、たまたま、当時の会社の上司が「焼き物」が趣味で 「ギャラリー借りて個展するから、見に来い」と…笑笑 なんちゅ~素敵なタイミング!!と、そそくさと行きました。 そこが「ギャラリーうえまち」さんでした。 …それまで、あちこちと「ギャラリー」見て回ったんです。 1つ良い候補地があったのが肥後橋(大阪フェスティバルホール近く)の喫茶店で 地下にあるスペースが「ギャラリーとして使えます」とあって 来訪者は「必ず喫茶してください」が決まりでしたが、美味しそうなお店でした。 普通、ギャラリーなので基本「飲食は厳禁」なので「そらそぉだ」とか(笑)でした そんな中「ギャラリーうえまち」さんは、行かせて頂いた時の「綺麗さ」 なにより「ミニキッチンあり〜 *\(^o^)/*」で…理想の場所でした。 そして、「大阪 OCAT アートフリマ」が閉会になってから、少しして 「ギャラリーうえまち」さんに年2回お世話になる事になりました。 その後、年2回を5年続けて10回を数えた時に、一旦「休止」を、させて頂きました。 理由は「色々」で…した。ただ、1つ確実に言えるのは「息切れした」ですか、ね… いろんな方と、組ませて頂いて いろんな方のお世話になって、楽しかったんです、が… 仕事と製作とイベントと…カッコいい言い方「アウトプット」ばっかりになってたんでしょうね だんだん「好きやった石」を触れなくなって、モノが作れなくなって「分からん」くなって…ました それでも「オーダーをお願いしたい」と言って下さる方が本当に有難く居て下さる。うれしかったです。 「石」は、本当に「マニア」なので、「欲しいモノは尽きない」かったし(笑)物欲は、ね そんな中、北海道の鉱物店のオーナーが「遊びがてら、出展しに来たら?」と言って下さって その方は、1回目のショーを立ち上げる時から「来られたら如何ですか?」と、ずっと誘って下さってました。 それから…何年たってからか?の「北海道参加」をさせて頂きました。 長々しいので、一旦、ここまで… 続きは…いつになるやら?笑 気まぐれを <(_ _)> お許しください ではでは…

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鉱物・天然石マニア(石マニアの大阪人・時々駄菓子屋&玉子屋?)

Stone Kaneki's Gallery
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