こんにちは、シキサイです。
最近、ミモザのブローチを1点出品しました。
元々、私はこれまでミモザ作品を作ることに対して比較的「無関心」でした。
私にとってミモザは壁・・・というか触れなくてもいいのでは?
と思っていたモチーフです。なぜなら、すでにたくさんの作家さま達がすばらしい作品の数々を生み出していたからです。
(とってもかわいらしくてすてきな花だと思っています、もちろん)
ですが先日、須賀敦子(1929-1998)の本を読んで
「このミモザというモチーフ、ぜひ取り組んでみたい」と急に創作意欲が湧いてきました。
彼女は1960年代にイタリアに在住、イタリア文学の研究や日本文学の翻訳紹介を続け
1971年に帰国し、翻訳・研究をつづけながら作家活動を始めました。
十代の多感な時期は戦時中であり、工場労働にも駆り出されたそうです。
そんな彼女(もっといろんなことを書くべきだと思いますが)の文章に最近自分がすごく引き込まれてしまうことに気づき、今回はぜひ、ミモザにまつわる文章の一部をシェアさせてください。
「一九九一年の冬から春にかけての三カ月、私はローマに滞在した。
・・・(中略)・・・
私がゲットに惹かれるようになったのには他にも理由があった。その年、ローマで暮らしてみて、むかし学生時代に考えもおよばなかったこの都市の別の顔が私を深く惹きつけるようになっていたのだ。若かった私をあんなに魅惑した(中略)いわば勝ち組の皇帝や教皇たちの歴史よりは、この街を影の部分で支えてきた、ローマの庶民といわれる負け組の人たち、とくに、いわれのない迫害をじっと耐えながら暗いゲットに生きてきたユダヤ人の歴史が、ひっそりと私に呼び掛けているのに気づいたからかもしれない。
・・・(中略)・・・
私がオットと五年暮らしたミラノのアパートメントに、家主さんで友人のジャチントがはじめて案内してくれたとき、廊下の突き当たりにある2メートル×2メートルほどの小部屋のことを、彼はほんとうになんでもないふうに、こう説明してくれた。この部屋だけど、もともとは物置だったのを、戦争中、両親がユダヤ人の一家をかくまってた。夫婦とぼくたちぐらいの男の子がひとり。いま考えると、ずいぶんせまいんだなあ。
・・・(中略)・・・
長いコートの先にたよりなく揺れている裸電球に照らされたその小部屋は、とても人が住める雰囲気ではなかった。高いところに窓がひとつあったが、(中略)ジャチントは照れたように笑ってから、まるで申し訳につけたようなその窓をゆびさして、こういった。窓がないなんてあんまり気の毒だって、父があれを自分で開けたんだ。これならキッチンから見えるだけで、家のそとからはだれにもわからない。
窓を開けるため煉瓦の壁をこわす音が上の階の人たちに聞こえなかったのだろうか。夫がいない昼間、天井の高いキッチンでアイロンをかけたり、夕食の支度をしたりしながら、その窓を見上げると、背に寒いものが走った。ゲットも戦時のユダヤ人の話も、私にとって遠い出来事ではなかった。
私が友人たちとゲットに出かけたのは、三月七日だった。日付けをきっちりと覚えているのは、その日がイタリアでは数年前から≪女性の日≫と呼ばれて、朝はやくから街がお祭り気分にはなやぐからである。春いちばんに咲く黄色い泡のようなミモザの花がその日のシンボルになっていて、いったいどこのだれが勧進元なのか、早春の花をいっぱいに盛った籠を手にした少女たちが街角に立って、通行人のだれかれの胸に、ちょっとごめんなさい、といって花の枝をさしてくれるのがいかにも季節めいていて、気分を浮きたたせる。」(須賀敦子著『地図のない道』pp.11-16)
著者はユダヤ人が多く居住するゲットに、ローマに行った際訪れました。
その地区にいることは、ユダヤ人用の小部屋のあったアパートメントに住んだことのある著者に、きっと過去の凄惨な歴史を思い出させたんだと思います。それと同時に、ミモザが街にあふれ、春をよろこび女性たちを称え、多くのユダヤ人の人々が平和に暮らしている、そんなゲットを目の当たりにしたのでしょう。
(1990年代初頭、イタリアの≪女性の日≫ができたばかりだったというのもなんだか時間の流れを感じます)
街の人の胸にちょっと、とさされるミモザの枝。
今ここにいる「あなた」を称えたいという気持ち。
「このイメージを膨らませて何かつくりたい!!!」とこの文章を読んだあと強烈に思い《ふわふわミモザの刺繍ブローチ》ができました。
ふわふわなミモザの花でやさしさとかわいらしさを表現しつつ、"ただのかわいいミモザ"というデザインにはしたくなかったので芯の強さを感じさせるブルーのリボンでくくったデザインにしました。
(みなさまより「かわいい」という感想をいただけることやいいね♡を頂けることは本当に励みになっておりますし、嬉しいです^^私のスタンスとして、作るならかわいいだけのデザインでは嫌だと思っていた、ということです)
・・・なんだか固いことを書いてしまったかもしれません。
でも今回のミモザブローチの創作意欲はこんなところから生まれましたよ、というお話でした。
本は自分の知らない世界や人のことを想像させてくれたり教えてくれたりするので
結構インスピレーションをもらうことが多いです。
もし今回のレターが「須賀敦子の文章を一度読んでみたい」と思うきっかけになっちゃったりするとかなり嬉しいです。
よかったらミモザのブローチ作品ページものぞいてみてくださいね。
読んで頂きありがとうございました!