今日 9月20日は「敬老の日」。
父方の祖父母は私が生まれる前に亡くなっています。
母方の祖父は私が生まれてすぐに亡くなりました。
だから、母方の祖母しか知りません。
その祖母も私が24歳の時に亡くなりました。
明治生まれのおばあちゃん、自分の住まいと離れていたので
会うのも1ケ月に1回会えればいいほうでした。
足が悪かったから何処かへ遊びに行くことはあまりなかったけれど、
おばあちゃん家に行く度に『 何か出前でもとってあげようか? 』と
ご馳走してくれました。
おばあちゃんの思い出について、これっといったものはないのですが、
学校の話や友達の話をすると『 そーかい、そーかい 』と
いつも笑顔で聞いてくれました。
特に笑った話といえば…
私が小学生の時 おばあちゃんが台所にいて 私がリビングでこたつに入っていた時、
ふと おばあちゃんの旧姓って何だろう?と思い、大声を出して聞きました。
部屋をまたいでいたから、おばあちゃんも大きい声でゆっくりした口調で
『 ごーとー 』って返答。
私はてっきり【 ごうとう=強盗 】って勘違い。
そして、おばあちゃんの下の名前は『 ヒデ 』。
だから、自分の頭の中は、おばあちゃんの名前が【 強盗 ヒデ 】って解釈。
私はびっくらこいて、
『 おばあちゃんの実家は何か悪いことをする一家だったの?』って駆け寄って聞くと、
おばあちゃん、大笑い!
笑いがおさまったところで、
【 ごとう= 後藤 】って言ったんだよっ!って教えてくれました。
二人して涙して大爆笑したこと、
おばあちゃんがお腹を抱えて笑っている姿を 今でも ハッキリ覚えています!
最後はガンを患って入院。
お見舞いに行くと、母に『 誰だい?この子は 』と尋ねていました。
母が『 4番目の○○だよ!』と言うと、
私のほうを見て『 ○○ちゃん、遠くからよく来てくれたねぇ~、ありがとう! 』と
笑顔で答えてくれました。
でも、またしばらくすると母に『 誰だい?この子は 』と聞くおばあちゃん。
私は涙をこらえて 病室を後にしました。
入院してから、認知症の症状がひどくなっていることを母から聞いていましたが
やっぱり、現実を突きつけられると 涙が止まりませんでした。
二人で色々な話をした思い出も、おばあちゃんと沢山笑い合った思い出も
今のおばあちゃんには思い出せないのかと思うと、とても悲しかったです。
お葬式の時、私はおばあちゃんとの思い出の全てを手紙にしたためて
棺桶の中に入れてサヨナラしました。
おばあちゃん、手紙読んでくれたかな?
母もおばあちゃんの亡くなる年に近づいてきたよ!
今年もお墓参りには行けなくて、『 ゴメンね… 』
カメ、マツ、サン 名前が「片仮名」のおばあちゃんはどうして多い?
https://news.yahoo.co.jp/articles/a05b4f8cc59d40dcce4f769e5c1e213a23544a30
母のうた / 吉田山田