デザイナーである母もディレクターのわたしも、猫好きなのですが、最近飼っている愛猫のララが亡くなりました😿
ララは、もちろん私たちのアイテムに猫なので無関心ですが、写真の様に、これからもまだララとヌードゥートと一緒に撮っていきたかったです……きっと「なんなのよ、これ?😒」とアンニュイフェイスの塩対応でしょうが、そこの不機嫌はんにゃ顔も魅力でした👹
以下は、ララへのメッセージとしてinstaに投稿した文です…
『あなたは、生まれたばかりの頃に、川崎の工場地帯で産みの母猫に見捨てられてましたね。
感染したその喉は醜く腫れ上がり、野良として生きるにはあまりにも脆弱すぎたから見捨てられました。
それは、あなたがいた世界では残酷だけど、仕方のない自然淘汰だったのかと思います。
あと少しでカラスたちに狙われてしまうとこでしたが、偶然にも弟があなたを拾いました。
ちょうど、7月の蒸し暑い夏の午後の出来事だったかと思います。
その後、あなたはまさに「泥棒猫」のごとく、その魅力で、私たちの時間を盗んでいきました。
互いにドライで、コミュニケーション不足で不器用な私たち家族を、あなたが恒星で、私たちはあなたを中心に周る惑星の様にひとつにして、あなたにいつも注目せざるをえませんでした。
あなたが若い頃、あなたの1番のお気に入りは私でした。
私が1番あなたの面倒を見てなかったのに、あなたは私の後をついてまわったり、夜中に抱っこしてほしくてせがんできて、ほかの家族たちの嫉妬を買い、私は優越感に浸ってたこともありました。
私は親との不和で、決別、疎遠になった時もありました。
あなたに「ごめんね、あなたとはしばらく会えないけど、身体に気をつけて元気で…家族をよろしくね」と伝え、家を出ていきました。
野良だったはずのあなたみたく、自由だけど厳しい社会や遠い国々で、私は孤独ながらも教訓的な旅路を続けて、あなたとまた再会しました。
年老いたあなたは、以前とは違って、私はあなたの1番ではなくなったけど、そっと側に近づいてきたり、抱っこやふれさせてもくれました。
私たちはあなたに命を与え、あなたは本当は私たちに時間をくれました…約20年間の美しい微笑ましい時間でした。
さよなら、ララ。
しばらくしたら、あなたのいない世界に慣れて、哀しみの感情も麻痺して、あなたの面影も写真や動画を見なくてはならないほど記憶力は廃れますが、私たち家族はあなたの分まで生を全うします。
あなたがいたことだけは、私の意識があるうちは覚えておきます。
それが、永遠ということなのかもしれません。
いつか…もし、いつか、また会えるなら嬉しいです🤍🪽』
まだまだララとの思い出や、残像が時折出てきますが、ララのためにもいつまでも息苦しく落ち込まずに、未来の先、前を見てヌードゥートの作品を創って、発信していければ思います。
引続き、ご愛顧ご愛用のほど、よろしくお願いいたします✨