++魔境の欠片++

++魔境の欠片++

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夏は終わりを迎えつつあります。 時折涼しい風が首を撫で、 清々しい空気が戻りかけています。 夏は、多くの命が生まれ、散ってゆきます。 植物や草花など小さなか弱い生命が ほんの瞬きほどの時間でその輝きを終えます。 しかし、果たして魂は 本当にその夏で朽ちてしまうのでしょうか。 「肉体は滅び形を失っても魂は滅びず存在する」 と考えた、とある科学者たちは 小さな生き物たちを集めて生体実験を行いました。 以前のレター「極彩異形の獣たち」にて お話した7匹の獣たちを生みの親でもある彼らは 今から数世紀ほど昔、 その業の深さから祖国を追われます。 その実験の数々が命を弄ぶ行為と見做され 異端だ、倫理がない、非道徳的と罵られながらも 彼らはどうしても、いずれは必ず訪れる 「滅び」を理解出来なかったのです。 命と魂の再利用の実験に執着した彼らは 例の凍てた星へと数人で移住し、 誰にも邪魔されることもなく 7つの生き物の魂を新しい器に入れ 魔境の物怪を作り上げていきました。 それでもまだ、満足はできない。 やがて、その長い年月の中で、 彼ら自身の肉体に徐々に衰えが見え始めると とうとう彼らは自らの肉体までもを放棄し その強い結束の中でひとつの意志=魂となり 人という形を失ってもなお、 生命の追求を続ける永遠の存在へと進化します。 科学者たちを咎め罰せる者は もはや、どこにも居ませんでした。 皮肉なことに彼らを追い出したはずの祖国は 先に滅びを迎えていたからです。 あたりを漂うだけの思念体のみとなっても、 まだ更なる進化を求め、実験は続きます。 時は日々確実に刻々と流れましたが 新たに8体の物怪が生まれたようです。 蛍に似たもの 魚や爬虫類、兎や鳥のようなもの どれも美しい瞳や体表をしていますが 狂気を孕んだ部分があり 見た人をその狂気の底へと誘うような 甘美で鮮烈な魅力があります。 例の科学者たちがこの物怪を作った後 何をさせたかったのかは分かりません。 しかし、この物怪たちもまた どこかへ向かって歩み始めました。 それはまるで科学者たちの魂を宿らせたようで ただ無心に、何かを求めて。 この物怪たちが辿り着く結末を 見届けたくて仕方がないのですが、 恐らくは不可能でしょう。 彼らにとっては私の命の輝きなど 夏の虫と同じようにほんの一瞬なのですから。 それでは、また。

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