雅美さん、いつもありがとうございます!私はこのCDを聴かせて頂いていると、やはり真理ということを考えてしまいます。この世界は神さまが創った本当の世界ではなく、その写しであるということです。そこに現われる不幸な出来事や失敗は、神さまがそうさせているのではなく、私達の心が勝手に作り出した影だということです。こちらが神さまの方に背を向けて暮らしているのであって、神さまは私達を見捨てておられるのではないということです。だからまず明るい心で感謝するようにならなければならないということです。今までの暗い心や、感謝を忘れた心が、次々と悪いことを現わして来たということです。雅美さん、ありがとう!
雅美さんはとても不思議な存在です。このCDのような素晴らしい感性と同時に祭りのような感性を持っておられるからです。インターネットで私のフルネームを検索して頂くと、絵本ナビというのが出てきますが、きしわだのだんじりまつりというところで雅美さんのことに触れさせて頂いています。私は祭りが大好きです。祭りの時、人々は日常の自分とは違う濃い生命感に生きると思います。その高揚、陶酔が、祭りのあと、次の祭りまでの地味な心労の多い生活を支え、持続させます。人間は祭りのために生きると言ってもよいと思います。祭りによっていのちを確認し、全存在としてひらくものだと思います。雅美さん、ありがとう!
雅美さんを拝見していると、ピンクをよく思い出します。精神的にまいっている人を癒す時、ピンクのカーテンやベッドカバーで暮らしなさいという医師がいると聞いたことがあります。ピンクは心理学的にも幸せ感や気分を増長させてくれて、人に和らいだ高揚感を与えるそうです。ピンクは人生のラッキーカラーとされているのです。雅美さんはほんとにピンクがお似合いです。雅美さん、ありがとう!
私は雅美さんのこの曲を聴きながら、瞑想することがよくあります。瞑想の想の段階はとても大切です。想は創だということです。つまり想はその人の人生を新しく創り出してくれるのです。心の中の阿頼耶識という潜在意識には、その人が願ったことを実現させる力があるのです。しかし、それにはちょっとした秘訣があります。その秘訣とはただ漠然と願っているだけでなく、それが実現達成されてしまったかのように、ありありと空想することです。これを繰り返していると、最後には空想でありながら、まるでそれが現実のことのように感じられ、素晴らしい気持ちになってきます。もちろん、人によってそれが実現するまでの時間に早い遅いはありますが、運は確実にその実現に向かって歩みはじめ、いつの日か現実にそれが達成されるのです。つまり想像は創造なのです。はじめに想像があり、その意識の世界から物質の世界が出現するのです。宇宙はそのようにして生じ、私たちの命もそのようにして運ばれてきました。だから運命と呼ばれるのです。雅美さん、ありがとう!
雅美さんのこのDVDを拝見するたびに私は無限力ということを思い出さずにはいられません。雅美さんには無限力があるということです。人間は肉体が生きている間だけ存在するいのちではなく、無限に生き続ける、素晴らしい大生命だからです。この大生命のことを神とか仏とか言うことがありますが、実をいうと人間がその神であり、仏であるのです。だから人間の肉体が死んだら仏さまとして仏壇にお祀りしたり、神さまとして神社にお祭りするのです。それは肉体が死んでも、本当のいのちは生き通していることを、人は何となく知っていて、そうしているのです。そして神や仏は死なないのであり、無限力そのものであり、無限のエネルギーの持ち主ですから、雅美さんも無限力の持ち主だと言って間違いありません。これはきっと雅美さんの生きる姿勢からきているのではないかと思います。雅美さんはいつも明るく、楽しくをモットーにされているからです。雅美さんは素晴らしいと思います。雅美さん、ありがとう!
雅美さんのこのCDを聴かせて頂いて、やはり感じるのはこのあいだとダブルのですが、芸術家としての雅美さんです。それは岡本太郎さんとなぜか重なります。岡本太郎さんが仰っています。ある時、パッと目の前がひらけた。そうだ。おれは神聖な火炎を大事にして、まもろうとしている。大事にするから、弱くなってしまうのだ。己自身と闘え。自分自身を突きとばせばいいのだ。炎はその瞬間に燃え上がり、あとは無。爆発するんだ。今、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。私は大阪府茨木市に住んでいますが、岡本太郎さんがつくられた太陽の塔を眺める時、やはり雅美さんを思い出します。太陽の塔は雅美さんが生まれる、はるか前につくられました。岡本太郎さんは仰っています。およそ気どった近代主義ではないし、また日本調と呼ばれる伝統主義のパターンとも無縁である。逆にそれらを告発する気配を負って、高々とそびえ立たせた。孤独であると同時に、ある時点でのぎりぎりの絶対感を打ち出したつもりだ。それは皮相な、いわゆるコミュニケーションをけとばした姿勢、そのオリジナリティにこそ、一般を強烈にひきつける呪力があったのだと。雅美さん、ありがとう!
雅美さんのアザミが大好きです。今もアザミを何度も聴かせて頂きました。雅美さんのライブの時の表情が頭に焼きついて離れません。私はアザミから、なぜか芸術は爆発だという言葉を思い出さずにはいられません。私は岡本太郎さんの大ファンですが、岡本太郎さんの言葉を借りれば、芸術というのは生きることそのものだということです。人間として最も強烈に生きる者、無条件につき出し爆発する、その生き方こそが芸術なのだということを強調したいと仰っています。爆発というとドカンと大きな音が響いて、物が飛び散り、周囲を破壊して血みどろにさせたり、イメージは不吉でおどろおどろしい。が、私の言う爆発はまったく違う。音もしない。物も飛び散らない。全身全霊が宇宙に向かって無条件にパーッとひらくこと。それが爆発だ。人生は本来、瞬間瞬間に、無償、無目的に爆発しつづけるべきだ。いのちのほんとうの在り方だと仰っています。雅美さんはほんとの芸術家だと思います。
雅美さんのポストカードを拝見していて、いつも感じることがあります。それは雅美さんは人にも物に対しても恋をする気持ちを持ち続けておられるということです。そして人格としての「キレイ」を身につけておられるということです。本当にオシャレに人生を歩んでおられると思います。
雅美さんのこのポストカードを拝見していると、私は神想観ということを思い出さずにはいられません。神想観は神、想う、観ると書きます。神さまのお創りになった完全円満な世界を心の中で想い観ることです。つまりこれは瞑想法です。神さまの世界は無限次元の世界ですから、縦、横、厚みの三次元に時間を加えても四次元にしかならない現象界では神さまの無限次元の世界を、人間の五官でとらえることはできないのです。そこで肉眼を超えた心の眼で、神さまがお創りになった善ばかりの世界を観るのです。決して死ぬことのない永遠生き通しの、無限の才能を持った神の子人間の本当の姿を心に描くのです。私はそんな神想観を朝夕することにしています。雅美さんのポストカードは何度も拝見していますが、ほんとに神秘的です。だから自然に神想観が浮かんできます。そんな雅美さんが大好きです!
ライブDVD『 にじゅうにのにじゅうに 』
私はこの7月25日に父を亡くしました。享年91歳でした。これで私の家族はすべて失いました。みんな天国に行ってしまったのです。深い悲しみのどん底で生きています。けれども雅美さんと時間を共有していると、とても癒されます。雅美さんの笑いはひじょうにキュートです。そして前向きでパワーがあるからです。昨日、ラジオを聴かせて頂きましたが、やはり雅美さんだなと思いました。まったく変わっておられないからです。素晴らしいと思いました。雅美さん、ありがとう!