(超駄)音楽再考 /与太話・霊視関係なし

(超駄)音楽再考 /与太話・霊視関係なし

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注意※ 昭和生まれ推奨。平成以降生まれの方、音楽や楽器に興味のない方には全く面白くない記事です。 たまには霊視と”あまりにも関係ない内容”で自分を語ろうと思いますw ********************************* 先日、ひなびた小さなユニー(ピアゴ)の2F衣料品売り場をウロウロしていたら ポイズン(反町)的なギターの前奏のリフ?が店内で鳴り出したので 「あぁ、きっとこの部分を使った販促用オリジナル店内BGMだね!」と思った。 どんな曲に変化していくのかと聞いていたら・・・ ・・・そのままポイズンだったww ほぼ無人の店内に響き渡る反町隆史の声 Why?なぜにw さっきまで何も店内にはかかっていなかったのに、なぜ急にPOISON反町なのか。 そのまま何とかポーカーフェイスで聞いていないふりをしながら店内にとどまる。 そして二拍半、くるぞ!「♩♩♪ 言いたいことも言えないこんな」  で突然切れ 「いらっしゃいませ~ いらっしゃいませ~ ただいま、ピアゴパワー○○店では○○セール開催中です、生鮮食品売り場・・」 と、だみ声おじさん店員の生声がwww さすがに吹いたwww   しかも一番聞きたい所が聞けなかった。クッソ―! 「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ♩♩♩ポイ・・」の部分を 「言いたい事はいつもハッキリ言っている♩♩♩メディスン♪」に変えてひっそり口ずさみたかったのさ。 ドラマ放送当時、この曲に「言いたい事を言えないことを世の中のせいにしているから、毒になるのにね」と意見していた私w 「あんたキビシーね!でもそりゃそうだ。大人ならちゃんと言えなきゃね」なんて姉と話していた。 20代と言えば、突然話は変わるが 友部正人の’一本道’の歌詞 ‘おちょうしの隙間から覗いてみると、そこには幸せがありました 幸せはほっぺたを寄せ合って、二人お酒を飲んでました‘ この歌詞で泣いてたもん。お酒一滴も飲めないのにw  なんかね、友部さんもずっとは聞いていられないけど、時々無性に聞きたくなる時がある。 一本道もよく弾き語りしていた。・・・私は何に酔っていたのだろう・・ ************************************ 10代後半はロックンロールだったw、その後はUKロック→ちょっとDJ寄りにジーザス・ジョーンズとかすごく聞いていたけど 洋モノはやっぱりショーン・コルヴィンとかスザンヌ・ヴェガが好きで、やっぱり少し暗い感じというか わずかに鬱っぽい感じが垣間見れるフォークに戻っていく。 サウンドが良いのじゃないと聞けないんだよね。 (Mr.BIGとか流行っていたけど、私にはなんかベタすぎてつまらなかった) ギターではケルト系、アイリッシュ系を練習していた。 Al Pettewayさんから直接メッセージをいただいた時はとても嬉しかった。 彼のCaledon Woodというアルバムが大好きで、海外から楽譜を取り寄せてよく練習してた。 ケルト寄りの音楽はDADGADチューニングが多かった。(さらに弦のテンションが下がるから弾きやすくもなるし弦も切れづらいのだ) 子供の頃、ベストヒットUSAで英語が話せるおじさん(小林克也)と矢沢永吉(キャロル~)で育った私。 ベストヒットUSAで何週にも渡って放送されたマイケル・ジャクソンのスリラーのPVが怖くて怯えていたのを覚えている。 でもやっぱりマイケル・ジャクソンは天才です。 その頃から私は宵っ張りで、11PMも自動的に見ていた(子供は全く面白くないが)。そして夜型になってしまったのかも・・。 ********************************** 中学の頃はエレキギター+ベースを頑張っていた。 超バンドブームだったしね☆ なんと!!!私は新堀ギターに通っていたのだ!(知ってる?) 短期間だったけど…ステージ立ってからしばらくしてやめた。何か性に合わなかったのだ。 当時はエフェクターもディストーションとオーバードライブ(単体)を買うだけでも大変で、手に入れてからは本当に大切にしていた。 Bossのやつだったと思うけど(色はオレンジだった記憶・・)高いから何個も買えなくて。 中学生でバイトもしていたけど、それでも高い・・ 大きなアンプも買えず、立派なコードを買って満足してw小さなアンプに繋いで練習してたっけ。 結局エレキギター一式は、不良友達にあげて、その代わりにその子のお母さんからK18のネックレスを貰ったw(すごい時代) ギター手放して本体が無いのに、エフェクターだけはなぜか持っていた。何かその存在が好きで、踏んでるだけで嬉しかった(笑) 今でも中学時代に自分で偽レスポールを弾いて歌って作った曲のいくつかをテープで持っている。 ’No.434の孤独’という曲なんだけど 「正直者がバカを見た、それを知ったのは中二だった。正直者がバカを見た、いつでも一人で泣いてた」 「親の問題に学校問題、これから一体どうしよう?季節風に身を任せてこれからも生きてくんだろう」 なんか酷い歌詞なんだけどw まさに中学生って感じでしょ? 詞的にはブルーハーツの影響があったような気がするけど。 でもすごく多感だった私には、家も学校もどこにも休まる場所など無い 地獄の日々で、音楽だけが私の拠り所だったんだよね。 中学卒業時には尾崎じゃないけど「卒業」という曲も友達と作って録音した。 「桜も春風身にまとい」ってすごい擬人法wの歌詞があったり、’日本のくらし’という曲も作った。 「生まれは昭和♪」から始まり「世界は知らない、日本のくらしを。世界は知らない、日本が危ない」ってサビで^^; 今の日本を予言しているような歌で、自分でも怖い。 ドラムマシンも買えないわけだから、キーボード内臓音を使って8ビートを叩いて録音してからそれに合わせてマイクで拾って多重録音していく。 どんどん音質は悪くなるので、できるだけ演奏しながらボーカルを録るというw とにかく「サライ」並みに即興で音も歌詞も半日~1日で全て覚えて 二人で、同時に楽器を弾きながら歌うという一発録りスタイルだった。 ラジカセの内臓マイクやカセットMTRが本当に活躍した。 楽器は20代半ばまでオートバイ人生と並行して、アコギで色々やってた程度でした。 その後、デジタルMTRを死ぬ気で覚えてなんとか使いこなしたけど、当時はSDカードの256MBが8000円、1GB~2GBで2万円もする時代でした。 一度もミュージシャンになりたいとか思ったことはないのだけれど、何かを創り出すとか生み出すのがとても楽しかったな☆ 録って、聴くが好きだった。 一度、「うちでデビューしませんか」的なことがあったのだけど、歌詞を変えろとか表現を変えろと言いだしてきて 全く違う曲にさせられそうだったのと、音楽で生きて行こうとは1mmも思っていなかったので断った。 自分の声って皆嫌いだと思うんだけど、何百、何千と強制的に聞いてるとただの楽器に聞こえてきて何とも思わなくなる。 そして、最終的にボーカルが一番大変なんじゃないかと気づくw 音楽って、どんな時代にもやっぱり必要だから廃れないんだね。 色々なジャンルがあって、どんな人にも自分にはまるものが用意されている。 そう言えば、週末夜の散歩にブラブラ歩いていたら、駅の近くで大声で歌って近づいてくる女性がいた。 たぶん酔っぱらっていたのだと思うけど、なかなかの美声だったのでしっかり聞いてみると・・・ 「雨あ~め降~れふ~れぃ、も~と降れぃ~ 私の良い人つれてこウィ~♪」 彼女に何があったのだろう・・。 音楽は花と同じで、人を救うものだと思う。 そして、私はやっぱりPCで作ったような曲より 演奏してできればマイクで拾って音を重ねた音楽が好き。 シンセでも、人が作った音、人が演奏する音はやっぱり温度や厚みが違うよね。 レンジの狭い人工的な音は私の性に合わないみたい。 AIの声にも最近はうんざりしてきている。 美声なんかじゃなくても、やっぱり人の声や息遣いに命を感じるし、魅力を感じるよね。 やっぱり人のぬくもりを感じるものでないと、私の五感はダメみたいだ 私の中に入ってこない感じ。 肉体がある以上、触れる(さわれる)ものが良い。 楽器を演奏する音には触れる気がする。AIや机上の音楽は触ることができない冷たさを感じてしまう。 AIにはAIの良さがあるのだと思うけど・・ AI生成された人物に魅力を感じないように、やはり何か実在していないという悲しみを感じる。 アナログ好きな昭和生まれの思い込み(概念)なだけかもしれないけどね。。 ************************** 写真左は18年前にギターを物色しに御茶ノ水の楽器店に行った時の写真。 なんとこの日はすぐ隣の秋葉原で「秋葉原無差別殺傷事件」があった当日まさにその時間で 店員さんに「外に出ないでください!」と言われ事件を知りました。 まだブーツ履いてないw 短足すぎて滅(^^)/ 右の写真の右側にカットされた人は、知る人ぞ知る「ギター工房」の今井さん(当時は高田馬場)本人なのだ。 工房にて。 プライバシーの関係でカットしましたが、有名なギターの修理&調整をしてくれる方です。 個人的にも色々お世話になりました。

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